高校には、求人のため、企業が来校することもある。
その日は4時に、某大手輸送会社のアポが入っていた。
「ああ、笹木先生。ちょっと打ち合わせしたいことがあるんだけど、4時頃はどうですか?」
校長と顔を合わせたとき、こんな言葉をかけられたが、見事に重なっている。
「申し訳ありませんが、ちょうど4時に○○社が来ることになっています。そのあとなら空いていますけれど」
校長は手の平をあごにあて、数秒考えた。
「○○社が来るの? 聞きたいことがあるから、私も同席させてください。打ち合わせはそのあとにしましょう」
「はい、わかりました」
澄まして答えたものの、思わぬ展開になったと首をかしげる。私はぼんやり天井を眺めながら、一波乱ありそうな予感を抱いた。
○○社は、時間通りにやってきた。
「お忙しいところ、恐れ入ります。○○社の川田と申します」
おや、昨年と違う人ではないか。
川田氏は、推定年齢33歳、背が高く、元プロ野球選手の新庄剛志の雰囲気だが、目だけ俳優の上川隆也に似ている。なかなか見栄えのする男性を、普段以上に愛想よく迎えた。
「お待ちいたしておりました。笹木と申します」
型通りの挨拶を交わしたあとは深々とお辞儀をし、氏の予想を裏切るセリフを吐く。
「実は、本校の校長が、ぜひ同席したいと申しておりますので、校長室へご案内いたします」
上川隆也っぽい目に、動揺が走る。
「あっ、はあ……」
氏は曖昧な返事をしたあと、180cmはありそうな長身をそわそわさせた。肩には余分な力が入っているようだ。歩き方もギクシャクしていて、右手と右足が同時に出そうな不自然さである。
「どうぞ」
ドアを開けて振り返ったが、氏はなかなか入ろうとしない。「はよせい」と後ろから押し込みたくなる衝動を抑え、私はもう一度「お入りください」と微笑んだ。
ようやく川田氏が、背を丸めた姿勢でこちらに向かってきた。
「わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。校長の多田です」
川田氏は、校長を目にした瞬間、緊張のピークに達したようだ。
「あっ、はい、あの、その、いいいつもお世話になっております」
しどろもどろの挨拶をしたあと、ハッと思い出したように持参した紙袋を差し出した。
「あのっ、これ、よかったら召し上がってください」
それは最後だろう、とツッコミを入れたくなる……。
氏はすっかり舞い上がってしまったようで、目はキョロキョロと落ち着きなく動き、表情がこわばっている。校長が名刺を用意すると、彼も名刺入れを取り出したのだが、手を滑らせて床にばらまいてしまった。
ああ、見ていられない……。
どうなることかと心配したが、話しているうちに、氏はだんだん自分のペースを取り戻してきた。表情が柔らかくなり、体の無駄な動きがなくなった。ようやく、世間話ができそうだ。
「昨年は、たしか××さんがお見えになりましたよね」
私の問いに川田氏がうなずいた。
「はい、4月に人事異動がありまして、私が後任となったんです。まだ3カ月目で、高校訪問もこちらが初めてなものですから、不慣れな点が多く申し訳ございません」
「……」
つまり、川田氏にとっては、今日がデビュー戦だったわけだ。
ただでさえ緊張していただろうに、まさか校長室に連れていかれるとは、思ってもみなかったに違いない。
悪いことをしたな……。
でも、大きな試練から立ち直り、調子を上げた川田氏は明るい顔で帰っていった。
これでもう、怖いものなし!?
楽しんでいただけましたか? クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
その日は4時に、某大手輸送会社のアポが入っていた。
「ああ、笹木先生。ちょっと打ち合わせしたいことがあるんだけど、4時頃はどうですか?」
校長と顔を合わせたとき、こんな言葉をかけられたが、見事に重なっている。
「申し訳ありませんが、ちょうど4時に○○社が来ることになっています。そのあとなら空いていますけれど」
校長は手の平をあごにあて、数秒考えた。
「○○社が来るの? 聞きたいことがあるから、私も同席させてください。打ち合わせはそのあとにしましょう」
「はい、わかりました」
澄まして答えたものの、思わぬ展開になったと首をかしげる。私はぼんやり天井を眺めながら、一波乱ありそうな予感を抱いた。
○○社は、時間通りにやってきた。
「お忙しいところ、恐れ入ります。○○社の川田と申します」
おや、昨年と違う人ではないか。
川田氏は、推定年齢33歳、背が高く、元プロ野球選手の新庄剛志の雰囲気だが、目だけ俳優の上川隆也に似ている。なかなか見栄えのする男性を、普段以上に愛想よく迎えた。
「お待ちいたしておりました。笹木と申します」
型通りの挨拶を交わしたあとは深々とお辞儀をし、氏の予想を裏切るセリフを吐く。
「実は、本校の校長が、ぜひ同席したいと申しておりますので、校長室へご案内いたします」
上川隆也っぽい目に、動揺が走る。
「あっ、はあ……」
氏は曖昧な返事をしたあと、180cmはありそうな長身をそわそわさせた。肩には余分な力が入っているようだ。歩き方もギクシャクしていて、右手と右足が同時に出そうな不自然さである。
「どうぞ」
ドアを開けて振り返ったが、氏はなかなか入ろうとしない。「はよせい」と後ろから押し込みたくなる衝動を抑え、私はもう一度「お入りください」と微笑んだ。
ようやく川田氏が、背を丸めた姿勢でこちらに向かってきた。
「わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。校長の多田です」
川田氏は、校長を目にした瞬間、緊張のピークに達したようだ。
「あっ、はい、あの、その、いいいつもお世話になっております」
しどろもどろの挨拶をしたあと、ハッと思い出したように持参した紙袋を差し出した。
「あのっ、これ、よかったら召し上がってください」
それは最後だろう、とツッコミを入れたくなる……。
氏はすっかり舞い上がってしまったようで、目はキョロキョロと落ち着きなく動き、表情がこわばっている。校長が名刺を用意すると、彼も名刺入れを取り出したのだが、手を滑らせて床にばらまいてしまった。
ああ、見ていられない……。
どうなることかと心配したが、話しているうちに、氏はだんだん自分のペースを取り戻してきた。表情が柔らかくなり、体の無駄な動きがなくなった。ようやく、世間話ができそうだ。
「昨年は、たしか××さんがお見えになりましたよね」
私の問いに川田氏がうなずいた。
「はい、4月に人事異動がありまして、私が後任となったんです。まだ3カ月目で、高校訪問もこちらが初めてなものですから、不慣れな点が多く申し訳ございません」
「……」
つまり、川田氏にとっては、今日がデビュー戦だったわけだ。
ただでさえ緊張していただろうに、まさか校長室に連れていかれるとは、思ってもみなかったに違いない。
悪いことをしたな……。
でも、大きな試練から立ち直り、調子を上げた川田氏は明るい顔で帰っていった。
これでもう、怖いものなし!?
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)