これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

気まずい忘れ物

2015年06月21日 20時15分51秒 | エッセイ
 高校では、教員の時間割に偏りがあることが多い。授業時間の少ない曜日があったり、多い曜日もあったりというのが普通だ。
 その日、私の時間割には余裕がなかった。休み時間は10分あるが、職員室に戻ってきたときには、すでに2~3分過ぎているし、チャイムが鳴る前には次の教室に行かねばならない。せめて水をひと口飲んでからと思っていたら、私を呼ぶ女子高生の声がした。
「笹木せんせーい」
 生徒は3人ほどで、私のクラスではない。手に持っているのはプールバッグだから、授業での質問ではなさそうだ。どうも、厄介なニオイがする。しかし、呼ばれたからには、行かねばならない。
「はい、どうしました?」
「あのう、今、3階の女子トイレに、変な忘れ物があって……」
「変な?」
 言いにくかったのか、その子はモジモジしていたが、隣の女子があとを引きついだ。
「ブラジャーなんです」
「…………」
 私は絶句した。
「たぶん、誰かが個室で水着に着替えて、そのまま忘れていったのかも」
 それで、男性の先生ではなく、私に声をかけたというわけか。休み時間は残り少ないが、現場を確認しなくてはならない。
「わかりました。これから見てきますね」
「はーい。お願いしま~す」
 女の子たちは安心して、教室に戻っていった。
 フットワークの軽さが私のウリである。水をゴクリと飲み干すと、職員室から飛び出し、一段抜かしで階段を昇って、3階のトイレに飛び込んだ。プールから上がってきた別の生徒が、まだ数人残っており、こちらを振り返る。
「失礼します。何か、気まずいものがあるって聞いたんだけど」
「そこそこ、2番目の個室ですよ」
 案内された個室をのぞくと、サニタリーボックスの上に、黒いブラジャーが無造作に置かれていた。白いレースで縁どられ、真っ赤なバラがデカデカと描かれている。かなり強烈なデザインだ。
 通常、忘れ物は職員室前のガラスケースに並べておき、本人の申し出によって返却する。だが、これを並べたらちょっとした騒ぎになるし、「それは私のです」などとは言いにくいだろう。
「うーん、これは困ったねぇ。取りにくるかな?」
「くると思いますよ。なくても気がつかないってことはあり得ないし」
「そうですよ、先生。持っていかないほうがいいと思います」
「じゃあ、もし、このままだったら、生活指導の先生に渡すことにするね」
「はーい」
 時計を見たら、あと2分で次の授業が始まる時間になっていた。足早に職員室に戻り、授業道具を持って教室へ向かう。教員という仕事は、間違いなく肉体労働である。
 授業が終わったら、ホームルーム、掃除、三者面談と続く。最後の親子と話し終えたのは5時半を回っていた。解放感にひたり、着替えて学校を出る。家に着いてから、大事なことを思い出した。

 しまった、ブラジャーを取りに来たか、確認していなかった!

 翌日、朝イチで3階の女子トイレに駆け込んだ。
 迷わず、2番目の個室に直行すると……期待通り、派手なブラジャーはなくなっている。「はああ~」と肩の力が抜けた瞬間であった。
 9月まで水泳の授業は続く。
 今度は「先生、トイレにパンツが!」などとならなければいいのだが。


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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
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コメント (12)
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