これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

幸せは 忘れた頃に やってくる

2016年03月24日 21時57分23秒 | エッセイ
 10年ぶりに、六本木のフレンチ「トレフミヤモト」に行った。
 ここの名物メニューには、フォアグラとトリュフの一口コロッケと



 幸せを呼ぶてんとう虫のデザインに仕上げたトマトのサラダがある。



 聞くところによると、ヨーロッパでは、てんとう虫が幸福のシンボルとなっているようで、体にとまるとラッキーなのだそうだ。
 お腹の中に納まると、もっとハッピーになりそうな気がした。
 ところが、フタを開けてみたら、予想外の苦難が待ち受けていた。
 まず、ラストチャンスとなった大学入試を終えた男子に、テストの出来を聞いてみた。(関連記事「キツネさんに願いを」はこちらから)
「いやぁ、ヤバいっす。できませんでした……」
「そう……」
 結果は卒業式の翌日である。もし不合格だったら、浪人するかもしれないし、専門学校や就職に切り替えるかもしれない。いずれにしても、できる限りの支援をしなくては。
 ああ、気が重い……。
 卒業式の前日にも、大きな問題が起きた。
「笹木先生、大変です。今、近所のコンビニから電話があって、3年生の男子が万引きしたそうです」
「ええっ!?」
 今度は別の男子が、会計する前の商品をバッグに入れたところを、店員に見つかったらしい。本人は万引きしたことを認め、その場で御用となった。幸い、店側が「警察沙汰にはしないから、学校の方できちんと指導してください」と配慮してくれたので、前科にならずにすみそうだ。
 私も他の教員も、しばらく言葉を失っていたが、ポツリポツリと会話ができるようになってきた。
「この時期に、何てことを」
「当然、卒業延期ですね」
「呼名簿から外さないと」
「てことは、式次第も印刷し直しですか」
「そういうことです」
「ああああ……」
 本人はほんの出来心でやってしまったようだが、教員にとっては本当にショックだった。上質紙を持って印刷室に向かう先生はよろけていたし、私はその場に倒れ込んでふて寝したい気分になった。何と愚かなことをしたのだろう。
 他の生徒が巣立つ一方で、彼だけは何日間も登校して、課題や清掃活動、反省文などに取り組んでいた。身から出たさびとはいえ、一日も早く卒業できるよう指導しなくてはならない。
 やがて、大学入試の結果が出て、受験生の男子からメールが来た。
「3つの科のうち、2つは不合格でしたが、1つだけ補欠になりました。今連絡待ちです」
 補欠?
 つまり、すべり止めで受けた者は入学手続きをしないから、まだチャンスはあるということだ。
「よかったじゃない! また連絡が来たら教えてね」
 すぐさま返信をして、もどかしい思いでその日を待つ。当の本人は、私以上にじれったいはずだ。一週間後に、お待ちかねの連絡があった。
「さっき、大学から電話がかかってきて、繰り上げ合格で入学できますって言われました」
「やった~! おめでとう!!」
 あきらめムードが漂う中での大逆転。キツネさんに願掛けをしたおかげだろうか。
 自分が合格したわけではないのに、うれしくてじっとしていられない。そのへんにいる先生をつかまえては、「ちょっと聞いてください」と話して回った。
 つづいて万引き少年も、十分に反省したと認められて、卒業ができることになった。
「場所は小さい方の会議室で、一応、紅白幕を用意しようかと思っています」
「ええ、それで十分ですよ」
「卒業証書を当日の朝に用意してください」
 式典担当者も二度手間だ。たった一人のための卒業式でも、嫌な顔ひとつせず、黙々と会場づくりに励む。
 当日、青白い顔で、その男子は母親と登校してきた。
「じゃあ、こちらです」
 担任に案内されて扉を開けると、待ち構えていた十数人の教員が一斉に立ち上がり、大きな拍手と満面の笑みで迎えた。
 男子は「昨日までは、どの先生も怖い顔をしていたのに何で?」といわんばかりに驚き、戸惑いながらも照れ笑いを浮かべている。校歌斉唱では、大きな声で歌う教員に負けじとばかりに、その子も声を張り上げて歌った。
「卒業証書授与 〇〇〇〇」
「はいっ」
 校長が証書を読み上げ、向きを変えて本人に渡すと、赤みの差した顔を上げて受け取った。
 着席して校長の式辞を聞く。校長も、この子のために二度目の式辞をひねり出したようだ。どんな大人になってほしいかを、とうとうと伝えていた。
 途中で、涙もろい50代男性の先生がしゃくり上げる。一人だけ卒業できなかったことを気の毒がっていた教員だ。メガネの下にハンカチをしのばせ、真っ赤になった目に当てていた。
 短い式が終わると、男子生徒が教員側に体を向けて礼を言った。
「まさか、こんなに温かい式をしていただけるとは思っていませんでした。今日のことは、大人になっても忘れません。今回、自分がやったことは悪かったし、友達と一緒に卒業したかったけれど、得られたものもありました。本当にどうもありがとうございました」
 男子も目に両手を当てて、深々と頭を下げた。ひときわ大きな拍手が、うねりを上げて天井を抜けていく。
 ひさびさに、心がジワッと熱くなった。
 これって、てんとう虫のおかげかな?


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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
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