夏休み中に、大学4年の娘を連れて、両親の住む那須に行くことになっていた。
「えーと、シュガーバターの木は持ったし、新幹線の切符も買ったし、他に何か必要かなぁ」
両親への手土産は日持ちのするものに限る。でも、夕食後のデザートも何かあるとうれしい。
「そうだ、果物!」
ケーキよりヘルシーで、見た目も美しく、御遣い物にはこれだろう。たまには奮発して、新宿高野で葡萄でも買おうと思った。
「種無しピオーネはないかな」
しかし、私の期待とは裏腹に、店頭にはマスカットばかりが並んでいる。いかにも「グレープ」っぽいものが食べたかったので、こりゃいかんと焦った。
「おや? この桃は大きくて立派だわ」
実のところ、桃は眼中になかった。でも、実家に桃の木があったことを考えると、父も母も桃が好きなのではないか。6個入りで値段も手頃だし、これにしようと即決した。
「お待たせしました」
店員さんから紙袋を受け取ると、予想以上の重みにたじろいだ。紐が手のひらに食い込みそうなくらい、ズシッとしている。6個分の果汁と果肉が詰まっているから当然か。新幹線の網棚に載せるのも一苦労で、「マスカットにすべきだったかしら」とちょっぴり後悔した。もっとも、いまさら何を思っても手遅れだが。
「おかえり~」
母は私が遊びに行くと、こんな言葉で迎えてくれる。悪い気はしないものだ。
「ただいま。おみやげあるよ。お菓子と桃」
衝動的に買ったものだから、実家の様子はわからない。「うちにも桃がいっぱいあるのよ」などと言われたらどうしようと、ドキドキしながら聞いてみた。
「桃は家にある?」
「ないよ」
「ああよかった。夕飯のあとに食べようよ」
「そうだね」
父の反応はもっと面白かった。
「なに? 桃があるのか」
「そうよ。葡萄とどっちがいいか迷ったんだけど」
「葡萄はいらない。桃がいい」
しばらく、桃を食べる機会に恵まれなかったのだろう。母が包装紙を開けようとしたら、父が近づいてきて、ジッと見ていた。80歳にもなると、小さな子どもと同じだ。首を懸命に伸ばし、身を乗り出して、中身を誰よりも早く確認したいようだった。
「やだねえ、アンタ。そんなに見ちゃって」
「ははは、いいじゃねえか」
母にからかわれ、父は少々恥ずかしそうだ。
「ほら、開けるよ」

フタが開くと、父の顔が緩んだ。かといって、何か感想めいたことを言うわけでもない。ひたすら、ジロジロジロとみているだけだ。穴が開くほど見つめる、という例えにピッタリである。
両親のことは、それなりに知っているつもりだったけれど、父がこんなに桃を喜ぶとは思わなかった。
夕食後も、まだおかずが残っているのに、「そろそろ桃を切った方がいいんじゃないのか」などと気にかける。切ったものを一番にあげたら、あっという間に空になった。昭和風に言えば「桃命」である。重かったけれど、頑張ってよかった。
この情報は、姉や妹にも伝えなければと、かなり大げさなメールを送った。
「高野の桃を買っていったら、お父さんの喜びが炸裂!」
そのうち、手土産全部が桃に替わり、さすがの父も飽きちゃったりして。

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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「えーと、シュガーバターの木は持ったし、新幹線の切符も買ったし、他に何か必要かなぁ」
両親への手土産は日持ちのするものに限る。でも、夕食後のデザートも何かあるとうれしい。
「そうだ、果物!」
ケーキよりヘルシーで、見た目も美しく、御遣い物にはこれだろう。たまには奮発して、新宿高野で葡萄でも買おうと思った。
「種無しピオーネはないかな」
しかし、私の期待とは裏腹に、店頭にはマスカットばかりが並んでいる。いかにも「グレープ」っぽいものが食べたかったので、こりゃいかんと焦った。
「おや? この桃は大きくて立派だわ」
実のところ、桃は眼中になかった。でも、実家に桃の木があったことを考えると、父も母も桃が好きなのではないか。6個入りで値段も手頃だし、これにしようと即決した。
「お待たせしました」
店員さんから紙袋を受け取ると、予想以上の重みにたじろいだ。紐が手のひらに食い込みそうなくらい、ズシッとしている。6個分の果汁と果肉が詰まっているから当然か。新幹線の網棚に載せるのも一苦労で、「マスカットにすべきだったかしら」とちょっぴり後悔した。もっとも、いまさら何を思っても手遅れだが。
「おかえり~」
母は私が遊びに行くと、こんな言葉で迎えてくれる。悪い気はしないものだ。
「ただいま。おみやげあるよ。お菓子と桃」
衝動的に買ったものだから、実家の様子はわからない。「うちにも桃がいっぱいあるのよ」などと言われたらどうしようと、ドキドキしながら聞いてみた。
「桃は家にある?」
「ないよ」
「ああよかった。夕飯のあとに食べようよ」
「そうだね」
父の反応はもっと面白かった。
「なに? 桃があるのか」
「そうよ。葡萄とどっちがいいか迷ったんだけど」
「葡萄はいらない。桃がいい」
しばらく、桃を食べる機会に恵まれなかったのだろう。母が包装紙を開けようとしたら、父が近づいてきて、ジッと見ていた。80歳にもなると、小さな子どもと同じだ。首を懸命に伸ばし、身を乗り出して、中身を誰よりも早く確認したいようだった。
「やだねえ、アンタ。そんなに見ちゃって」
「ははは、いいじゃねえか」
母にからかわれ、父は少々恥ずかしそうだ。
「ほら、開けるよ」

フタが開くと、父の顔が緩んだ。かといって、何か感想めいたことを言うわけでもない。ひたすら、ジロジロジロとみているだけだ。穴が開くほど見つめる、という例えにピッタリである。
両親のことは、それなりに知っているつもりだったけれど、父がこんなに桃を喜ぶとは思わなかった。
夕食後も、まだおかずが残っているのに、「そろそろ桃を切った方がいいんじゃないのか」などと気にかける。切ったものを一番にあげたら、あっという間に空になった。昭和風に言えば「桃命」である。重かったけれど、頑張ってよかった。
この情報は、姉や妹にも伝えなければと、かなり大げさなメールを送った。
「高野の桃を買っていったら、お父さんの喜びが炸裂!」
そのうち、手土産全部が桃に替わり、さすがの父も飽きちゃったりして。

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