ロンドンで行われている「ATPツアーファイナルズ」の予選ラウンド2戦目、錦織圭は敗れることとなった。
初戦でアンディー・マレーを見事に破ったところから(その模様は→こちら)、この試合も「もしや」の期待は高まったが、結果はむなしく、元世界王者のロジャー・フェデラー相手にストレート負けを喫したのである。
喫したのではあるが、私自身あまりこの結果を残念には感じていない。
それは内容的にも完敗だったことや、1敗したとはいえ、まだ準決勝進出の目が充分すぎるほど残っていること、はたまたただの負け惜しみ。
などなどが理由であるが、もう一つ
「ロジャー・フェデラーのいいテニスが見られたから」
こういう想いも、ないことはないのだ。
ロジャー・フェデラー。この名前を聞くと、テニスファンはどうしてこんなにも胸を熱くしてしまうのだろう。
グランドスラム大会で優勝すること17回(全豪4、全仏1、ウィンブルドン7、全米5)、シングルス通算82勝、世界ランキング1位最長保持、オリンピックのシングルスは銀、ダブルスで金を獲得。
そのあまりの強さと完璧なプレーぶりで「史上最強のオールラウンダー」の名をほしいままにし、紳士的言動や立ち振る舞いでも文句のつけようのないテニス界の貴族。
今では往年のような圧倒的強さこそ鳴りをひそめたが、それでもなお今でも彼がコートに姿をあらわすと、私は、いや世界のテニス好きが胸をときめかせ、歓声を送り、その優雅なショットの数々にうっとりとため息をつくのだ。
そんな男と日本人選手である錦織圭が同じコートで試合をしている。しかも、世界の選ばれし8人だけが立つことのできるツアーのファイナルでだ。
そこでフェデラー相手に負けたとして、それでどうと言われても、そんな「くやしい」とか、あんましならないよなあ、と。
だってロジャーだぜ。この最強者決定戦のツアーファイナルズでも6回も優勝した生ける伝説なんだもんなあ。
なんて言うと、「おいおい、なんちゅう弱気な」「戦う前から、気持ちで負けてんじゃん」と笑われそうだが、その意見はまったく正しい。
かつてスイスインドア決勝でフェデラーに敗れた錦織圭に、コーチであるマイケル・チャン(当時はまだコーチ就任前)は、こんなアドバイスしたそうだ。
「ロジャーに対する敬意を捨てろ」
似たような話は他の世界でもよく聞く。
将棋界では棋聖戦で、羽生善治棋聖相手に初のタイトル挑戦を決めた中村太地六段(最近ではNHKの『NEWS WEB』でもおなじみ)に、師匠である米長邦雄永世棋聖は、
「羽生を尊敬するな」
そう伝えたそうだ。
そう、勝負の世界では相手を見上げていては勝てない。自分こそが強いと思いこみ、「このオレ様が負けるわけがないぜ」と飲んでかからなければならないのが鉄則だ。
たとえば、1974年ウィンブルドン決勝では、若き日のジミー・コナーズが39歳のケン・ローズウォールを完膚無きまでたたきのめした。
数々の栄光を打ち立ててきた伝説のプレーヤーであるローズウォールに対して、ジミーはまるでケガした子犬を蹴り飛ばして遊ぶ残酷な少年のような、容赦のないテニスを披露した。
私も噂に聞いてyoutubeで鑑賞したが、ジミーのショットはそれこそ一打一打ごとに、「泣いて謝れ!」とでもほえているかのような、異様な迫力があった。
のちにテレビで『新世紀エヴァンゲリオン』を見たとき、第拾八話でダミープラグを起動させた初号機が3号機をボッコボコにするシーンがあるが、あれみたいだったのだ。
エグイ男である。凄惨な試合ではあったが、そんな彼だからこそ、ツアー通算125勝という、おそらくは永遠に破られることがないであろう、空前にして絶後の記録を打ち立てることができたのだろう。
だから、錦織君に関しては相手が元王者だろうがなんだろうが、コートに立ったら少年のころのあこがれなどゴミ箱に放りこんで、鼻っ柱に強烈なのを一発お見舞いしてやれ。川に落として上から棒で叩いてやれ。もう二度とはむかう気力がなくなるくらいに、尻子玉をぬいてやったらええんやで!
……というのは、それが選手もファンも正しい姿勢なのはわかっているんである。
でもなあ、それがなかなかそうもいかないのよ。圭君はともかく、やはりあの「王者」だったころのロジャー・フェデラーを見ていた者からすると、そんな、
「キャン! いわしたったらええねん」
という気にはならないのだよなあ。いかんよなあ。
ま、チャンピオンというのはそういう「格」もふくめての実力なのだろうが、その意味でも33歳のフェデラーはまだまだたいしたものだ。
毎年のように、やれ時代は終わったの引退だのと言われながらも、それでも今年もウィンブルドンでは決勝まで行き、現在も世界ランキング2位をキープ。この大会の結果次第では、またも年間1位に返り咲く目もある。
おとろえは隠せないとはいえ、まだまだこれだけの数字を残せる元王者は、やはり別格なのだ。
だから私は、錦織圭がここで完敗しても、さほどくやしい気持ちにはならず、どうしても乙女のようにほほを染めながら、
「嗚呼、ロジャー様、なんてカッケーんや……」
そうつぶやいてしまうのである。
まったく本意ならねど。
(フェレール戦に続く【→こちら】)
初戦でアンディー・マレーを見事に破ったところから(その模様は→こちら)、この試合も「もしや」の期待は高まったが、結果はむなしく、元世界王者のロジャー・フェデラー相手にストレート負けを喫したのである。
喫したのではあるが、私自身あまりこの結果を残念には感じていない。
それは内容的にも完敗だったことや、1敗したとはいえ、まだ準決勝進出の目が充分すぎるほど残っていること、はたまたただの負け惜しみ。
などなどが理由であるが、もう一つ
「ロジャー・フェデラーのいいテニスが見られたから」
こういう想いも、ないことはないのだ。
ロジャー・フェデラー。この名前を聞くと、テニスファンはどうしてこんなにも胸を熱くしてしまうのだろう。
グランドスラム大会で優勝すること17回(全豪4、全仏1、ウィンブルドン7、全米5)、シングルス通算82勝、世界ランキング1位最長保持、オリンピックのシングルスは銀、ダブルスで金を獲得。
そのあまりの強さと完璧なプレーぶりで「史上最強のオールラウンダー」の名をほしいままにし、紳士的言動や立ち振る舞いでも文句のつけようのないテニス界の貴族。
今では往年のような圧倒的強さこそ鳴りをひそめたが、それでもなお今でも彼がコートに姿をあらわすと、私は、いや世界のテニス好きが胸をときめかせ、歓声を送り、その優雅なショットの数々にうっとりとため息をつくのだ。
そんな男と日本人選手である錦織圭が同じコートで試合をしている。しかも、世界の選ばれし8人だけが立つことのできるツアーのファイナルでだ。
そこでフェデラー相手に負けたとして、それでどうと言われても、そんな「くやしい」とか、あんましならないよなあ、と。
だってロジャーだぜ。この最強者決定戦のツアーファイナルズでも6回も優勝した生ける伝説なんだもんなあ。
なんて言うと、「おいおい、なんちゅう弱気な」「戦う前から、気持ちで負けてんじゃん」と笑われそうだが、その意見はまったく正しい。
かつてスイスインドア決勝でフェデラーに敗れた錦織圭に、コーチであるマイケル・チャン(当時はまだコーチ就任前)は、こんなアドバイスしたそうだ。
「ロジャーに対する敬意を捨てろ」
似たような話は他の世界でもよく聞く。
将棋界では棋聖戦で、羽生善治棋聖相手に初のタイトル挑戦を決めた中村太地六段(最近ではNHKの『NEWS WEB』でもおなじみ)に、師匠である米長邦雄永世棋聖は、
「羽生を尊敬するな」
そう伝えたそうだ。
そう、勝負の世界では相手を見上げていては勝てない。自分こそが強いと思いこみ、「このオレ様が負けるわけがないぜ」と飲んでかからなければならないのが鉄則だ。
たとえば、1974年ウィンブルドン決勝では、若き日のジミー・コナーズが39歳のケン・ローズウォールを完膚無きまでたたきのめした。
数々の栄光を打ち立ててきた伝説のプレーヤーであるローズウォールに対して、ジミーはまるでケガした子犬を蹴り飛ばして遊ぶ残酷な少年のような、容赦のないテニスを披露した。
私も噂に聞いてyoutubeで鑑賞したが、ジミーのショットはそれこそ一打一打ごとに、「泣いて謝れ!」とでもほえているかのような、異様な迫力があった。
のちにテレビで『新世紀エヴァンゲリオン』を見たとき、第拾八話でダミープラグを起動させた初号機が3号機をボッコボコにするシーンがあるが、あれみたいだったのだ。
エグイ男である。凄惨な試合ではあったが、そんな彼だからこそ、ツアー通算125勝という、おそらくは永遠に破られることがないであろう、空前にして絶後の記録を打ち立てることができたのだろう。
だから、錦織君に関しては相手が元王者だろうがなんだろうが、コートに立ったら少年のころのあこがれなどゴミ箱に放りこんで、鼻っ柱に強烈なのを一発お見舞いしてやれ。川に落として上から棒で叩いてやれ。もう二度とはむかう気力がなくなるくらいに、尻子玉をぬいてやったらええんやで!
……というのは、それが選手もファンも正しい姿勢なのはわかっているんである。
でもなあ、それがなかなかそうもいかないのよ。圭君はともかく、やはりあの「王者」だったころのロジャー・フェデラーを見ていた者からすると、そんな、
「キャン! いわしたったらええねん」
という気にはならないのだよなあ。いかんよなあ。
ま、チャンピオンというのはそういう「格」もふくめての実力なのだろうが、その意味でも33歳のフェデラーはまだまだたいしたものだ。
毎年のように、やれ時代は終わったの引退だのと言われながらも、それでも今年もウィンブルドンでは決勝まで行き、現在も世界ランキング2位をキープ。この大会の結果次第では、またも年間1位に返り咲く目もある。
おとろえは隠せないとはいえ、まだまだこれだけの数字を残せる元王者は、やはり別格なのだ。
だから私は、錦織圭がここで完敗しても、さほどくやしい気持ちにはならず、どうしても乙女のようにほほを染めながら、
「嗚呼、ロジャー様、なんてカッケーんや……」
そうつぶやいてしまうのである。
まったく本意ならねど。
(フェレール戦に続く【→こちら】)