女性専用車両で、あやうくお縄を頂戴するところであった。
といったはじめ方をすると、
「おまわりさん、この人が犯人です。いつかやると思ってました」
などなど、マーシー的あらぬ誤解を受けそうだが、そういうことではなく、女性専用車両と知らずに、うっかり乗ろうとしてしまったのである。
そう説明してみると今度は、「そんなことか。また大げさな」と笑われてしまうかもしれないが、これがたしかに日本ならそうであろう。
多少白い目で見られたり、駅員さんに怒られたりするかもしれないが、いくらなんでも犯罪者あつかいされるほどでもあるまい。
ではこれが、イスラム圏における女性専用車両ならどうであろうか。
エジプトを旅行した際、カイロで地下鉄を利用したのだが、そのときウッカリして女性専用車両のホームで電車を待ってしまっていたのだ。
エジプトはご存じの通り、イスラム教の国である。
サウジアラビアやイランほどゴリゴリではないが、それでも一般に熱心にお祈りをし、豚肉もアルコールもたしなまず、年に一度は断食をするという、真面目なイスラム信徒が多い。
そんなイスラム文化には、お祈りや断食のほかにも有名なものに、こういうのもある。
「婚前交渉は絶対禁止」
そこいらに関してはかなりゆるい日本人には、なかなかきびしく聞こえるが、これはトルコのような比較的リベラルなイスラム国でも、わりとかっちりと守られている。
砂漠の民にとって、女は大変貴重な存在であった。
それゆえに、男からすれば過度に騎士道的なノリがあるらしい。
ちょうど、女性が希少で価値の高かったアメリカ西部開拓時代に、レディーファーストが発達したようなものだ。
一部で「女性差別的」といわれる、肌や髪をかくす習慣も
「大事なオレの女(娘や姉、妹などもふくむ)を、他の男のいやらしい視線から守るため」
というところからきているし、女性の一人歩きなど
「そんなん、ワシは認めんぞ!」
絶対にゆるされないのだ。
出かけるには家族か夫が一緒でないとならず、未婚女性のデートも家族同伴が自然。
国によっては、男女の健全な自由恋愛ですら犯罪あつかいで、場合によっては死刑(おいおい……)になったりするんだから、これはもう文化がちがうとしかいいようがない。
なもんで、生活の場でも家族以外の男女は、くっきりとわけられるケースがほとんどで、我々のような旅行者がそれを実感するのが、バスや列車の席。
イスラム圏では、バスに乗ると、女性の隣は女性をあてがうか、もしくは空席にすることになっている。
これは、たとえ満席で切符が取れずで、
「その女の隣、空いてるやん!」
主張したところで、男は絶対に乗せてくれない。
なので「偶然、隣の席になって……」なんていう映画みたいなロマンスも存在しないわけだが、それはしゃあない、そういうルールなのである。
これはイスラムの国を旅行する女性にすこぶる好評だが、男子は釈然としない。
イスラムは男尊女卑と批判する人もいるが、こういったところは、
「男子って、差別されてるわよね」
なぜか、オネエ口調になって文句も言いたくなるわけなのだ。
となれば、当然のこと電車の車両でも同じルールが適用されることとなり、地下鉄でも長距離列車でも、かっちりと男女がわけられる。
これは日本のようなチカン対策とか、そういったレベルの問題ではない。
なんちゅうても、宗教で決まっているというか、いわば神レベルの判断における女性専用車両なのである。
男がいくら「下心なんてないよ!」と主張しても、アラーがお許しにならない。そら、絶対に乗ったらダメですわね。
ここまで解説したところで、ようやっと私がやらかしかけたヘマの全容が、おぼろげながら、わかっていただけるのではなかろうか。
神が決めた「禁制」の場所に阿呆なよそ者が、なにも知らずに入ろうとすると……。
(続く→こちら)