ムベンベ 対 ウモッカ 対 高野秀行 in ビルマ ゴールデントライアングル その2

2016年09月14日 | 
 前回(→こちら)の続き。

 「文化系の探検」(蔵前仁一さん談)で、おもしろ本を次々世に出してくる「辺境ライター」こと高野秀行さんは、のほほんとしているようでムチャのようで、どこかおかしい。

 『怪魚ウモッカ格闘記』では、幻の魚を探しにインドへ行くが、かつて密入国したことがばれて、強制送還になってしまう。

 どうしてもインド入国をあきらめきれない高野さんは

 「そうだ、《高野秀行》のパスポートの記録が残っているんなら、何らかの方法で姓を変えて、高野じゃない別人になりすませばいいんだ!」。

 で、検討した作戦というのが、奥さんといったん離婚して、もう一度結婚する。

 その際、今度は自分の方が奥さんの方に婿入りする。そうすれば、自分は「高野」ではなく奥さんの方の名字のパスポートを作れるのだ。

 これならインド入国管理官にもわかるまい!

 どんなやり方や。違法スレスレというか、いくら姓を変えても本人はブラックリストに載っている「高野秀行」なんだから、これは違法ではないのか。ようそんなこと思いつくわ。

 この意見は奥さんの「姓名変更がめんどくさい」との反対により却下されるが、そこは粘りに粘って交渉し、最後は同意をもらうことができるも、日本の法律では女性は離婚してから半年間は再婚できないらしく、この案は頓挫。

 半年も待てるかい! ということで、インド行きは残念かといえば、高野さんはここで起死回生の案を出す。

 そうだ、妻とすぐに結婚できないなら、他の女性と偽装結婚して、姓だけ一時的に貸してもらえばいいではないか!

 なるほど、その手があったか、これぞまさにコロンブスの卵ではないか。では早速、離婚届に判を押して、別の女性と……。

 て、そんなことできるわけはないではないか。なにをとんでもないことをいっとるのかねという話だが、高野さんはいたって大まじめである(この間、「インド探検記はブログで、リアルタイムで報告します」と宣言しながら、いまだ日本を出られず居留守を使ってひそんでいる高野さんの様子は抱腹絶倒のおもしろさだ)。

 とにかく、終始こんな調子なのだが、これが不思議と読んでるときは無茶苦茶と感じないというか、

 「おお、そうやってパスポートを手に入れればええのか、冴えてるなあヒデちゃん!」

 とページをくりそうになったところで、はたと気づいて、

 「いやいや、それはアカンやろ高野さん!」

 つっこんで爆笑することとなる。

 いったんスルーしそうになって、「え?」。舞台劇でいうところの「二度見」というやつであろうか。そのとぼけたところが味である。

 『アヘン王国』でも、取材を追えたあと拠点としていたタイに帰るのだが、そこで記念といってアヘンを持ち帰って、コーディネーターの人に「あんた、なにやってんの!」と怒鳴られたという。

 本人は天然というか、「おみやげ」みたいな感覚で持ち帰ったのだが、怒られてみてはじめて

 「そういえば、ここまでにも何度も国境などで荷物チェックがあった。幸運にも見つからなかったが、もし見つかっていたらと思うと頭が真っ白になった」

 そう振り返るが、いやいや、その前に気づけよ! 

 高野さんは取材の際は事前に現地語を学習したり、本文のおとぼけはけっこう意識的な「ボケ」の部分もあったり、対談などを読むと実はかなりのインテリだったりもするんだけど、それでいてどこかスコンと抜けているところが独特の文体を生むのだろうか。

 かくのごとく、破天荒なような、能天気なような、天然のような、計算のような、その境目がよくわからないところが高野本の魅力。

 軽くつきぬけていて、落ちこんでいるときなどに読むと、ケラケラ笑えてなんだか気楽な気持ちになれる。鬱に悩む人にオススメ。たぶん、一発で治ります。

 ちなみに、前回の冒頭一文は『幻獣ムベンベを追え』の、はじまりの一行。

 世にあまたの書物あれど、これくらい魅力的な旅行記の書き出しを私は他に知らない。
 


コメント
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