燃えろウェイン・アーサーズ 2001年デビスカップ決勝 オーストラリアvsフランス その3

2017年12月13日 | テニス

 前回(→こちら)の続き。

 2001年、オーストラリアフランスによるデビスカップ決勝は、いよいよ大詰めをむかえつつあった。

 双方ゆずらず2勝2敗となり、最終シングルスで決着のはずが、オーストラリア・チームのパトリックラフターが、ケガで万全ではない。

 なら代打か? それとも故障を押しての強行か。

 本来ならオーストラリアには、ここでマークフィリポーシスという第3のエースがいるはずだった。

 だが、このときは故障だったか、はたまたナショナルチームと折り合いが悪い時期だったかで、この決勝のメンバーには入っていなかったのだ。

 じゃあ、一体だれが出るんやろ。

 パソコンのモニターの前で固唾を呑む、私とクニジマ君の前に、一人の男の名前が映し出されたのである。



 「Wayne Arthurs」



 これには私とクニジマ君も思わず「うわあ」と、のけぞりそうになった。



 「えーっ!!!」

 「マジか?」

 「ここでまた地味な男が……」



 そんなことになってしまったのも、ゆるしてほしいのは、前も言ったが、ウェインアーサーズとはオーストラリアの中堅選手だ。

 もちろん、ナショナルチームに選ばれているのだから、実力自体は充分だが、この国の命運がかかった、超のつく大一番をまかせるには、ややたよりないところもある。

 なんといっても、本来出るはずのパトリック・ラフターは元世界1位USオープン2連覇、ツアー通算11勝男前選手会長も務めたスーパーナイスガイ。

 一方ウェインは、自己最高ランキングが44位、グランドスラム最高成績4回戦、ツアー1勝

 でもって、まったく余計なお世話だが、見た目も超ふつうと、その格差は相当なものなのだ。

 まあ、そこはデ杯でエースが欠場すると、だいたいが

 

 「だれやねん」

 

 みたいな選手が出てくるのは、わりとよく見る「デビスカップあるある」だ。

 たとえば、2014年に優勝したスイスは、ロジャーフェデラースタンワウリンカが単複両輪で戦う最強チームだった。

 が、仮にフェデラーがなんらかの理由で途中棄権すると、ランキング230位とかの選手が「エース」として戦うことになる。

 それとくらべるとかなりマシだけど、苦しいことには変わりない。

 しかもだ、ウェインには

 「ダブルスのスペシャリスト」

 という側面もあるせいか、デ杯のシングルスで戦ったことなど、ほとんどないはず。

 そもそもが、おそらくはラフターの代わりの、ダブルス要員で選ばれているはずなのだ。

 そこを、初のシングルスデビューが決勝戦

 しかも、すべてが決まる3日目の最終戦

 クニジマ君がポツリと、



 「これは……ちょっとキツいなあ」



 私も思わず、



 「オレやったら、トイレ行くフリして、そのまま消えるね」



 むかし、水島新司先生の『大甲子園』で、はじめて甲子園でプレーした補欠の目黒選手が1点ビハインドの9回2死満塁でバッターボックスに立つ羽目になり、



 「なんで、はじめてのスタメンで、こんな場面になるんだ……」



 とビビりまくるシーンがあるけど(まあ、目黒君の場合は山田代打で出たんだけど)、それを彷彿させたものだ。

 ウェインも、さぞかし言いたかったろう。

 こんなん無理やって!

 とはいえ、ここで本当に逃げるわけにも行かないのがプロの大変なところ。

 嫌々(だよなあ、たぶん)コートに立たされたアーサーズに、私とクニジマ君は

 

 「ボロ負けだけはすなよ」

 

 テレビ放映じゃないから祈るようにネット上の、数字だけのスコアボードを見つめる。

 ところが、あにはからんや。ふつうなら尿でもちびろうかという大修羅場で、ウェイン・アーサーズは大善戦を見せる。

 ファーストセットこそ落としたものの、続く第2セットタイブレークの末に奪い返す。

 この健闘には、我々も色めきだった。



 「すげえ、勝つんちゃうか! 地味やけど」

 「このまま行ったら大英雄やぞ! サーブしかないけど」

 「ウェイン、ここまで来たら男になれ! コアなファンしか知らんけど」



 もう、大盛上がりだ。

 ちょっと辛口な応援になるのは、の裏返しと理解してほしい。

 われわれ玄人のファンこそ、こういうのない選手をも、しっかり見届けなければならないのだ。

 今思えば、対戦相手のエスクデも相当な「地味界の星」だが、気持ちはどうしたって、突然極限状態に追いこまれたウェインにかたむこうというもの。

 おそらく、アーサーズ対エスクデという渋すぎるカードで、日本一盛り上がったのはわれわれが白眉だろう。

 激戦が続くのをモニターで追いかけながら、クニジマ君は感に堪えたように、



 「なんかこう、大将戦がこの2人いうのが、デビスカップの華やよなあ」



 1996年決勝ニクラスクルティアルノーブッチとか、2013年決勝ドゥサンラヨビッチラデクステパネクとか。

 あと2016年決勝のイボカロビッチフェデリコデルボニスとかね。

 プレッシャーに耐え必死に戦うウェインだったが、そこからは最高ランキング17位オーストラリアンオープンでもベスト4の実績もあるエスクデが徐々に実力を発揮し、一気に突き放す。

 最終シングルスは7-66-76-36-3エスクデが勝利。

 見事フランスに、デビスカップの栄冠をもたらしたのであった。

 あーあー、ウェイン、負けちゃったか。

 でもまあ、よくがんばったよね。シーズン最後を飾るに、ふさわしい熱戦だった。

 こうして2001年デビスカップは終わった。

 興奮冷めやらぬ私とクニジマ君は、

 

 「すごい決勝やったなあ」

 「あんなこと、あるんやねえ」

 

 と大いに語り合うこととなった。

 その後も、よほどこの試合にあてられたのか、私と友は忘年会でも「デ杯はすごかった」と語り合い、「聖域なき改革」「ヤだねったら、ヤだね」を押さえて、



 「大将戦、ウェイン・アーサーズ」



 が、その年の局地的流行語大賞に選ばれたのであった。



 ☆おまけ ビッグサーバー、ウェイン・アーサーズの雄姿は→こちらから

 

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