人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。
前回は羽生だけではない、郷田真隆の「1手トン死」を紹介したが(→こちら)、今回は丸山忠久の大ポカを取り上げたい。
丸山といえば「激辛流」と呼ばれ、俗に「友達をなくす手」といわれる手堅い(でも実は最短の勝ちにつながる)勝ち方を売り物にしている棋士だ。
そんな棋風だと、ポカも少なそうに感じられるが、これが天下のマルちゃんも一度、とんでもないウッカリをやらかして頓死している。
それも、名人戦という大舞台でだ。
舞台は2002年度、第60期名人戦。
森内俊之八段戦でのこと。
2年前、佐藤康光を破って初タイトルである名人を獲得した丸山は、次の年も谷川浩司の挑戦を退けて、2連覇を達成していた。
強敵相手に、いずれもフルセットの激戦を制し「丸山名人」の呼び名も確固たるものとなりつつあったが、このシリーズは挑戦者の森内が押し気味で、開幕2連勝を飾る。
ここを落とすと、ほぼおしまいの第3局は、丸山が得意の横歩取りからうまく指し進め、有利に運ぶ。
森内も必死にせまるが、局面は丸山必勝態勢である。
最後の突撃ともいえる▲72香成。
この局面では、自然に△77銀成と取り、▲同馬に△85金とでもしておいて、▲65玉に△38角。
これなら、自玉の危機も緩和しながらの攻めとなり、丸山勝ちだった。
ところが、丸山は△72同金としてしまう。
これも自然なようだが、なんとこれが名人という大魚を手放してしまう大悪手になるのだから、あまりにもマルちゃんにツキがなかった。
▲71竜と根元の歩をかっさらって、△同金に▲42歩から▲95の馬が生きていて、きれいな詰み。
この場面をテレビで観ていた記憶があって、△同金の瞬間「あ!」となったのを、ぼんやりとおぼえている。
とぼしい棋力ながら、
「▲42に歩を打ったら危ないよな」
と思っていて、
「早く△77銀成とすればいいのに」
とも思っていたからだ。
確実に通る手を、一番いいタイミングで指したい、という発想はプロ好みの指し方。
「味を残す」なんていう言い方をするが、その本能が結果的に裏目というのは、ままあること。
ただ、それがよりにもよって、ここで出るとは……。
名人戦史上に残る大トン死。
森内は続く第4局も制して、初タイトル獲得。
「無冠の帝王」を返上することとなったのだから、大きな一番だった。
(森下卓編に続く→こちら)
(「丸山名人」誕生の一局は→こちら)