将棋 この大逆転がすごい! 森下卓が名人位を取りそこなった大落手

2018年08月17日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死
 人の指す将棋のおもしろさは「悪手」や「フルえ」にこそある。
 
 前回は丸山忠久が名人戦で見せた、まさかのトン死を紹介したが(→こちら)、今回もまた名人戦でのお話。
 
 世に「将棋界の七不思議」というものがあり、今なら、
 
 
 「渡辺明が、名人戦に出たことがないこと」
 
 「どうして豊島将之ほどの実力者が、長く無冠だったのか」
 
 
 などがあがると思うが、少し前なら
 
 
 「高橋道雄や南芳一など、【花の55年組】が、勢いを失ってしまったのはなぜか」
 
 「棋聖3期の屋敷伸之が、なぜC級1組に14年も停滞したのか」
 
 
 と並んで、
 
 「森下卓がいまだ、タイトル保持者になれていないのはなぜか」
 
 が入ってくるのは間違いない。
 
 森下卓といえば、今では増田康宏六段の師匠として有名だが、若いころはデビュー時から評価が高く、羽生世代の棋士と並んで「名人候補」のひとりであった。
 
 ところが森下は、その棋力と研究熱心さにもかかわらず、妙に勝負弱いところがあった。
 
 新人王戦早指し選手権という大会で、ことごとく決勝で敗れ、
 
 「準優勝男
 
 なる、ありがたくもないニックネーム(本人によると準優勝6回、挑決敗退3回、順位戦の次点2回)を頂戴したりしたこともあったのだ。
 
 そんな森下が、地力を発揮し出したのが1990年
 
 新人王戦決勝で大野八一雄五段に勝って初優勝を飾ると、天王戦では阿部隆五段を破って、全棋士参加棋戦にも優勝(その将棋は→こちら)。
 
 また大型棋戦である全日本プロトーナメント(今の朝日杯)でも、A級棋士の桐山清澄九段に勝ち優勝。
 
 将棋の内容的にも圧倒していて、「森下強し」を思わせた。まさに、殻を破った時期だったのだ。
 
 一方の順位戦では、要所でライバル羽生善治に手痛い目に合ったりもしたが、それでも5年かかったC2以外は、そこそこ順調に昇級していく。
 
 そしてついにたどり着いたA級リーグで、初参加の森下は7勝2敗の好成績を残し、プレーオフでも中原誠永世十段を破って名人挑戦権を獲得。
 
 このときは
 
 
 「羽生と中原の名人戦を見たい」
 
 
 という世論の声も、なんのそので中原を圧倒し、これまた「森下強し」を印象づけた。
 
 そうしてむかえた名人戦。待ち受けるのは因縁の羽生善治名人(竜王・棋聖・王位・王座・棋王)。
 
 順位戦全日プロ決勝でも痛い目にあわされた相手だが、それだけに期するものがあったろう。
 
 充実の森下は、その第1局から全開の指しまわしを見せる。
 
 当時の両者らしい相矢倉から、羽生の攻めを森下はらしい、いかにも重厚な受けで迎え撃つ。
 
 中盤に放たれた2枚の角が躍動し、あっという間に森下勝勢
 
 このままいけば、開幕戦を会心譜、それも後手番での勝利で飾れるという、これ以上ない展開になるはずだった。
 
 クライマックスは、この場面だった。
 
 
 
 

 先手玉は受けのない形で、後手はまだ安全なため、羽生もあきらめていた。
 
 一方、森下は局面的には元気百倍だ。
 
 先手の唯一の望みは上部脱出だから、△95金とでも打って、それを防いでおけばなんの問題もなく、先手は投了していたことだろう。
 
 ところがここで森下は、信じられないような、すっぽ抜けをやらかしてしまう。
 
 
 
 
 
 
 
 上部脱出を防ぐ意思は同じだが、△83桂と打ったのが決め手に見えて、がつくウルトラスーパー大悪手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 すっと▲75歩と突いて、悪夢のような大逆転
 
 なんとこの一手で、先手玉にまったく寄りがなくなってしまったのだから、将棋の終盤戦の怖ろしさには、あきれるばかりだ。
 
 △83桂でなく△95金なら、△67飛成、▲同玉、△68角成の詰めろ。
 
 そこで▲75歩と空気穴をあけても、△85金と取って、頭上の重しはどけられない。
 
 どっこい、△83桂▲75歩だと、△67飛成から△68角成▲76玉で、まったく上が抜けている
 
 まさに勝利への脱出。
 
 森下は△95金に、▲35金を取られてダメと読んだそうだが、それには△88飛成1手詰みなのだ!
 
 
 
 
 
 
 一瞬の転落劇に森下も唖然となったろうが、投げるに投げられず△54金と指し続けるも、▲35金から▲68金と、要の攻め駒を次々スイープされ完切れ
 
 この将棋を落とすようでは波には乗れず、森下は1勝4敗のスコアで完敗した。
 
 将棋の充実度を見れば「森下名人」も充分すぎるほどありえる内容だったのに、あまりにも大きすぎた「一手ばったり」だった。
 
 にしてもだ、羽生相手に最終盤まで100点満点、いやそれ以上の150点の将棋を指して、たった一手悪手でおしまいなんて、あんまりといえばあんまりではないか……。
 
 結局、森下は6度タイトル戦に登場したが、一度も勝つことはできなかった。
 
 当時の森下の力を知っているものからすれば、信じられない結果であり、これに関しては「不思議なこともあるもんだ」と、首をひねることしかできないのだった。
 
 
 (屋敷伸之編に続く→こちら
 
 (羽生と森下の血涙の一戦は→こちら
 
 
 
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