ゆっくり、急げ 飯塚祐紀vs武市三郎 2001年 第59期C級2組順位戦

2024年07月21日 | 将棋・好手 妙手

 「ここで1手、落ち着いた手を指せれば勝てましたね」

 

 というのは、駒落ちの指導対局で負けたときなどに、よく聞く言葉である。

 将棋で難しいと感じる場面と言えばよく出るのは、序盤なら定跡が覚えられないとか。

 終盤詰みが読めないなどあるが、中盤戦では地味ながら、こういうのもあるもの。

 

 「作戦勝ちから、うまくリードを奪ったものの、そこから具体的にどう勝ちにつなげるかが見えない」


 
 将棋というのは

 

 「優勢なところから勝ち切る

 

 というのが大変なゲームで、こういうときに手が見えず、焦ってつんのめって、いつのまにか逆転されるなんてのは、よくあること。

 

 「ここで1手、落ち着いた手を指していたら……」

 

 今回は、そういうときに参考になる将棋を紹介してみたい。

 


 2001年の第59期C級2組順位戦

 飯塚祐紀五段と、武市三郎六段の一戦。

 ここまで7勝2敗の飯塚は、自力昇級の権利を持っての大一番。

 ここ3年は、8勝2敗7勝3敗7勝3敗の好成績を残し、昇級候補のひとりであった飯塚だが、すでにC2生活は泥沼の9期目

 また昨年度は、同じく勝てばC1昇級という最終戦で、豊川孝弘五段に敗れてしまったこともあって、今度こその想いは強かったことだろう。

 戦型は後手番の武市が、急戦向い飛車に組むと、飯塚はガッチリと左美濃で迎え撃つ。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 

 おたがいにを作って桂香を拾い、筋も通って、このあたりは互角の駒さばき。

 ただ、後手は△43△32がはなれているのが痛く、先手持ちの形勢であろう。

 とはいえ、決めるにしては先手も歩切れが痛いところで、まだここから一山と思わせるところだが、次の手が落ち着いた好手だった。

 

 

 

 

 


 ▲86歩と、ここを突きあげるのが、すばらしい感覚。

 薄い後手の玉頭に、ジッとをかけながら、受けては△85桂から△33角という、王手竜取りの筋を消している。

 武市は△51香と「底香」を打って、ねばりにかかるが、1回▲21竜△29竜がキメのこまかい手順。

 この交換を入れて、相手の大駒を使いにくくしてから、やはりジッと▲35歩

 ▲21竜の効果で、これを△同角とは取れないのは、いかにもつらい。

 これで自陣に憂いはなくなり、△22歩の受けに、またも▲85歩

 

 

 

 この牛歩戦術で、武市はまいった。

 まさに真綿をギリギリと締めあげられる恐ろしさ。

 飯塚はトドメとばかりに▲87香と、さらに万力にをこめ、空気を求めて暴れようとする武市を冷静に押さえ、そのまま圧倒。

 

 

 

 

 ついに念願だった、C1昇級を決めたのだった。

 この▲86歩から▲85歩は、手の感触のよさもさることながら、人生のかかった勝負で、急がずこういう手を選べるところにシビれた。

 飯塚の地に足をつけた強さを、大いに感じるところで、こういう感覚は見習いたいものだ。

 


(大山康晴の「ゆるめる」好手はこちら

(渡辺明の落ち着いた勝ち方はこちら

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