久保利明のさばきは将棋界の至宝である。
ということで、前回は「さばきのアーティスト」こと久保利明九段の、芸術的な振り飛車を紹介したが、今回も久保のさばきを見ていきたい。
2007年の第65期A級順位戦。
羽生善治三冠(王位・王座・王将)と久保利明八段の一戦。
名人挑戦をかけた戦いは、羽生がここまで4勝2敗で、5勝1敗で首位を走る郷田真隆九段を追っている。
一方の久保は波に乗れず、ここまで1勝5敗で降級のピンチ。
ここで敗れれば、ほとんどA級陥落が決定するという、双方ともに負けられない戦いなのだったが、この将棋は久保の芸術的指しまわしが冴えまくったのだった。
後手になった久保のゴキゲン中飛車に、羽生は▲36銀型の急戦で対抗し、むかえたこの局面。
羽生が飛車を成りこんで、次に▲41角のねらいなどがあるが、ここから久保のワンマンショーがはじまる。
△14角と打つのが、さばきのファンファーレ。
金取りを見せつつ、△32の金に連絡をつけている振り飛車らしい攻防手。また、遠く▲69にある金にもねらいをつけているのもポイントだ。
羽生は▲36歩と軽く突いて、△同歩に▲58歩と角道を遮断する。
ならばと久保は△22銀と打って、一転して先手の飛車を殺しにかかる。
玉形に差があるため、飛車をただ取られるわけにはいかない羽生も、▲43角と強引に刺し違えにかかるが、△31金、▲同竜、△同銀、▲52角成、△同金、▲33銀成の総交換に。
先手は金桂と角の2枚替えで駒得になり、敵の囲いも乱しているが、後手は角を先に好位置に設置し手番ももらっている。
このあたりの攻防で、どちらが得したかはむずかしいが、後手は△37歩成、▲同金、△57歩成、▲同銀と軽く成り捨てを入れてから△28飛と打ちこみ。
このままでは△58角成があるし、飛車のタテの利きで▲21飛の打ちこみも消されている。
そこで先手は▲25歩の手筋で、大駒の効果を半減させようとする。
角のブランチャーを防ぎながら、次に▲21飛のねらいもあって、まだまだねじり合いは続きそうに見えたが、ここからの久保の舞がすさまじかった。
と、その前に、まずは渋い手をここで見せておくのが、振り飛車の呼吸。
△51歩と底歩で固めておくのが、「ザッツ・振り飛車党」という先受け。
これで自陣は相当耐えられる形になり、攻めに専念できる。
羽生は▲21飛と反撃するが、そこで△32銀とぶつけるのが、△51の底歩と連動してピッタリの返球。
▲同成銀と取るしかないが、△同角、▲22飛成に△76角と気持ちよすぎるさばき。
これまで△58の地点をねらっていた角が、ジェットコースターのような大回転で、今度は先手陣の急所である△87に照準を合わせている。
とはいえ、ここで▲39金と飛車を殺す手があり、それで先手が優勢なように見える。
本譜も羽生はそう指したが、その次の手が久保のねらっていた快打だった。
▲39金に△34角と打つのが、盤上この1手ともいえる、またもやピッタリの第二弾。
▲79桂と受けるしかないが、△25飛成と死んでいたはずの飛車が生還しては、後手も笑いが止まらない。
2枚の「筋違い角」による、あざやかな空中ブランコで、まさに「加古川大サーカス」とでもいうような、さばきの大嵐。
あの最強羽生善治が、ここまで好き勝手かきまわされるとは、なんたることか。
この将棋は、決め手も見事だった。
最終盤、先手が▲53金と打ったところ。
次に▲62銀や、駒が入れば▲71竜からトン死をねらう筋などあるが、ここで感触の良い良い決め手がある。
△21竜と交換をせまるのがトドメの一着。
▲同竜の一手に△同角と取って、角を逃げつつ、遊んでいる竜が手持ちの駒になっては後手の勝ちは決定的だ。
以下、▲51飛、△61香、▲52銀という、元気も出ない重い攻めに、△75桂と打って決まった。
以下、考えるところもなく△87から殺到して圧倒。そのまま押し切った。
2枚角の躍動が、なんだかチェスのビショップの動きみたいで、後手だけ違うゲームをやっているかのような錯覚におちいってしまいそう。
会心の指しまわしで大敵を屠った久保は、8回戦で深浦康市、最終戦では佐藤康光と、やはり手強いところを連破し残留を決める。
ひとつでも負ければお終いのところに、こんな名局を披露するのだから、久保の精神力も恐ろしい。
まさに「さばきのアーティスト」の底力を見せた形と言えよう。
■おまけ
(久保の芸術的さばきといえば、この将棋)
(久保将棋に魅せられたら、ぜひ大野源一九段の振り飛車も見てください)
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