「さばき」の大サーカス 久保利明vs羽生善治 2007年 第65期A級順位戦

2022年10月10日 | 将棋・名局

 久保利明のさばきは将棋界の至宝である。

 ということで、前回は「さばきのアーティスト」こと久保利明九段の、芸術的な振り飛車を紹介したが、今回も久保のさばきを見ていきたい。 

 

 2007年の第65期A級順位戦

 羽生善治三冠(王位・王座・王将)と久保利明八段の一戦。

 名人挑戦をかけた戦いは、羽生がここまで4勝2敗で、5勝1敗首位を走る郷田真隆九段を追っている。

 一方の久保は波に乗れず、ここまで1勝5敗降級のピンチ。

 ここで敗れれば、ほとんどA級陥落が決定するという、双方ともに負けられない戦いなのだったが、この将棋は久保の芸術的指しまわしが冴えまくったのだった。

 後手になった久保のゴキゲン中飛車に、羽生は▲36銀型急戦で対抗し、むかえたこの局面。

 

 

 

 羽生が飛車を成りこんで、次に▲41角のねらいなどがあるが、ここから久保のワンマンショーがはじまる。

 

 

 

 

 

 

 △14角と打つのが、さばきのファンファーレ。

 金取りを見せつつ、△32連絡をつけている振り飛車らしい攻防手。また、遠く▲69にあるにもねらいをつけているのもポイントだ。

 羽生は▲36歩と軽く突いて、△同歩▲58歩角道を遮断する。

 ならばと久保は△22銀と打って、一転して先手の飛車を殺しにかかる。

 

 

 玉形に差があるため、飛車をただ取られるわけにはいかない羽生も、▲43角と強引に刺し違えにかかるが、△31金▲同竜△同銀▲52角成△同金▲33銀成の総交換に。

 

 

 

 先手は金桂2枚替え駒得になり、敵の囲いも乱しているが、後手はを先に好位置に設置し手番ももらっている。

 このあたりの攻防で、どちらが得したかはむずかしいが、後手は△37歩成▲同金△57歩成▲同銀と軽く成り捨てを入れてから△28飛と打ちこみ。

 このままでは△58角成があるし、飛車のタテの利きで▲21飛の打ちこみも消されている。

 そこで先手は▲25歩の手筋で、大駒の効果を半減させようとする。

 

 

 

 

 角のブランチャーを防ぎながら、次に▲21飛のねらいもあって、まだまだねじり合いは続きそうに見えたが、ここからの久保のがすさまじかった。

 と、その前に、まずは渋い手をここで見せておくのが、振り飛車の呼吸。

 

 

 

 

 

 

 

 △51歩底歩で固めておくのが、「ザッツ振り飛車党」という先受け。

 これで自陣は相当耐えられる形になり、攻めに専念できる。

 羽生は▲21飛と反撃するが、そこで△32銀とぶつけるのが、△51の底歩と連動してピッタリの返球。

 

 

 

 

 ▲同成銀と取るしかないが、△同角▲22飛成△76角と気持ちよすぎるさばき。 

 

 

 

  これまで△58の地点をねらっていたが、ジェットコースターのような大回転で、今度は先手陣の急所である△87に照準を合わせている。

 とはいえ、ここで▲39金と飛車を殺す手があり、それで先手が優勢なように見える。

 

 

 

 本譜も羽生はそう指したが、その次の手が久保のねらっていた快打だった。

 

 

 

 

 

 

 ▲39金△34角と打つのが、盤上この1手ともいえる、またもやピッタリの第二弾。

 ▲79桂と受けるしかないが、△25飛成と死んでいたはずの飛車が生還しては、後手も笑いが止まらない。

 

 

 

 

 2枚の「筋違い角」による、あざやかな空中ブランコで、まさに「加古川大サーカス」とでもいうような、さばきの大嵐。

 あの最強羽生善治が、ここまで好き勝手かきまわされるとは、なんたることか。

 この将棋は、決め手も見事だった。

 

 最終盤、先手が▲53金と打ったところ。

 次に▲62銀や、が入れば▲71竜からトン死をねらう筋などあるが、ここで感触の良い良い決め手がある。

 

 

 

 

 

 

 

 △21竜と交換をせまるのがトドメの一着。

 ▲同竜の一手に△同角と取って、を逃げつつ、遊んでいるが手持ちの駒になっては後手の勝ちは決定的だ。

 以下、▲51飛△61香▲52銀という、元気も出ない重い攻めに、△75桂と打って決まった。

 

 

 

 以下、考えるところもなく△87から殺到して圧倒。そのまま押し切った。

 2枚角の躍動が、なんだかチェスビショップの動きみたいで、後手だけ違うゲームをやっているかのような錯覚におちいってしまいそう。

 会心の指しまわしで大敵を屠った久保は、8回戦で深浦康市、最終戦では佐藤康光と、やはり手強いところを連破し残留を決める。

 ひとつでも負ければお終いのところに、こんな名局を披露するのだから、久保の精神力も恐ろしい。

 まさに「さばきのアーティスト」の底力を見せた形と言えよう。

 

 ■おまけ

 (久保の芸術的さばきといえば、この将棋

 (久保将棋に魅せられたら、ぜひ大野源一九段の振り飛車も見てください)

 (その他の将棋記事はこちらから)
 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« グレゴリ青山『深ぼり京都さ... | トップ |  施川ユウキ『ベルナルト嬢曰... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。