前回(→こちら)の続き。
1999年、第57期名人戦の第6局は、終盤で佐藤康光名人が勝ちを逃し、谷川浩司九段の必勝形になっている。
後手玉は入玉し、先手玉は受ける形がない。
カド番の佐藤だが、さすがに投げるしかないという局面で、だれもが
「谷川、名人に復位」
そう確信したところ、まさかの1手が飛び出した。
▲76飛と歩を取ったのが、血まみれの松田優作も「なんじゃこりゃあ!」とさけぶ驚愕の手。
手の意味は、そりゃ△77への打ちこみからの詰み筋を消したわけだけど、こんなのふつうは指さないよ。
なんたって、これは本当に詰みを防いだだけで、他になんのねらいもプレッシャーもないのだ。
ただ、投了を数手先にのばしただけ。
しかも、下手すると形も作れない、なんてことになりかねず、実際ここで後手にいい手がある。
センスのいい方は、パッと見えたかもしれない。
そう、△93角と出るのが好手。
取られそうになっている角を逃げながら、△75、△66と先手玉の上部と飛車を押さる。
さらには、△48まで自玉の守りにも利いてくるという、一石三鳥のすばらしく味の良い手なのだ。
そうすれば、ねばるどころか、ますますヒドくなるだけ。
そもそもこの▲76飛というのが、理屈抜きで「将棋に無い手」なのだから、どちらにしても状況が変わるはずもないのだ。
……というはずだった。
ところが、谷川はこの0,1秒で見えたはずの角出を指さなかった。
理由はわからないが、やはり谷川も△49同との場面で投げると思っていたのだろう。
居飛車穴熊相手に、ずっと苦しい場面を耐え抜いて、「やっと勝った」と息をついたその一瞬、まさかの▲76飛が飛んできた。
それが、エアポケットのように、谷川のペースを狂わしたのだろうか。
先も書いたが、▲76飛という手は、そもそも1手の価値が、ほとんど無い手だ。
ましてや、谷川浩司が先手だったら、絶対に指さなかったろう。
そこにもう1手、戦いは続いた。しかも、それは谷川にとって、あきらかに不協和音で二重の意味で意表だった。
それでも勝っているが、佐藤と同様に、疲れのたまった秒読みの中、混沌とした局面で、ギアを入れ替えるのはプロでもむずかしい。
谷川は角を出る代わりに、△85桂と跳ね、▲89桂の受けに、△75歩と押さえる。
自然な攻めで、これでも問題ないように見えるが、佐藤も▲79飛と引き、△96歩、▲同歩、△76銀に▲78香と、やはり「ど根性」を見せる。
後手の自然な攻めに、先手はどこまでも「土下座外交」しかないが、すでに雰囲気はアヤシイというのだから、勝負というのはおそろしい。
△96香に▲76香と取ったところで、とうとう後手玉に▲48銀以下の詰めろがかかった。
執念の追いこみだ。
ここで、谷川に敗着が出た。
△77銀と打ったのが、自然に見えて悪手だったのだから、いかにも運がなかった。
1分将棋のなんでもありの中、佐藤の「念力」が通ったというべきか。
ここは△7七角と、銀を残して王手すれば、詰んでいたのだ。
▲同桂に△98香成と取って、▲同玉は△97銀と、温存した銀を打てば詰み。
▲同桂、△98香成に▲78玉も、△77桂成、▲同玉、△76歩から押していけば、自然に詰む形になるのだ。
そこを銀打から入ると、▲同桂、△98香成、▲同玉、△91香。
これで詰みにしか見えないが、次の手が妙手だった。
▲96歩の中合があって詰まない。
ここで△77銀の罪がわかり、角打で銀を残していればば、△97に打って簡単だったのが、おわかりいただけるだろう。
本譜の△同香から追って、▲89玉、△88歩、▲78玉、△77桂成、▲同玉、△76歩、▲86玉と進めば、▲96歩の効果が一目瞭然。
中合がなく香が△91にいれば、9筋に逃げられないから、△75金で簡単に捕まっている。
とはいえ1分将棋の上に、2日制将棋の2日目で、しかも夜の12時(!)に近い攻防となれば、それも責められない。
△81香は「最後のお願い」だが、ここで決め手がある。
▲84桂の2度目の中合で、やはり不詰。
△同香と取るしかないが、▲95玉で先手が勝ち。
泥仕合の終盤だったが、最後は教科書に載っているような、きれいな手筋で終わったところがおもしろい。
ウルトラ大逆転で、勝利をものにした佐藤康光は、第7局にも勝って名人防衛。
一方の谷川は、その後も2度名人戦に登場するが、復位はならなかった。
それもこれも、「100回に1、2回しか勝てない」局面で、好手でも妙手でもなく、▲76飛という「クソねばり」を見せたからだ。
なんという、筋の通らない話だろうか。
そしてこの「論理の中の非論理」こそが、まさに将棋というゲームの醍醐味なのである。
(大山康晴の受け編に続く→こちら)