「松田優作小説」というものが、この世には存在する。
それは小鷹信光先生の『探偵物語』のような、優作関係の書物ではなく、そのアクロバティックな内容ゆえに、ジーパン刑事のごとく、
「なんじゃこりゃあ!」
さけびたくなるようなシロモノのこと。
前回(→こちら)は江戸川乱歩の傑作『孤島の鬼』などを紹介したが、今回は、私の大好きなフレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』。
フレドリックといえば、まさにその発想の妙がすばらしく、どれをとっても、
「なんじゃこりゃあ!」
なステキな作家だが、中でもホームラン級の怪作が、これであろう。タイトルも最高だ。
これまでは、読者の興をそいではいけないのと、あとは手品のタネと一緒で、説明しちゃうとミもフタもないところからオチはふせてたけど、今回は全部語っちゃいますので、未読の方は飛ばしてください。
新聞記者ジョージは、ある日、編集長から精神病院への潜入取材を命じられる。
その内容は秘密にされ、また事故で3年前からの記憶をなくしているジョージはやや不安を覚えるが、ともかくも「妄想にとりつかれた男」として入院することになる。
だが、ジョージにはもうひとつ不安材料があった。仕事に際して、
「自分をナポレオンだと思いこんだ男」
のふりをして病院に入りこんだが、実のところそれは妄想ではなく、彼は本当にナポレオンなのだ。
ヨーロッパでの戦争中、何者かに意識を抜き取られて、アメリカの新聞記者ジョージに精神を移植されていたのだ。
そのことを隠して取材を続けるが、患者仲間に忠告を受けることになる。
もし君が、ただ自分をナポレオンだと思いこんでいる病人だったら、すぐにでも退院できる。
だが、もし本物のナポレオンだった場合「治療」は不可能だから、死ぬまで閉じこめられることになる。
ジョージはこれを聞いて疑心暗鬼におちいる。
これはどういうことなのか。自分はどんな仕事をさせられているのか。もしかしたら、これは巧妙な罠か? 失われた記憶は?
やがて明かされる、「何者」かの正体。すべての謎が解けたとき、ジョージに身をやつしているナポレオンは、その衝撃に耐えきれず発狂する。
そうして気が狂い、
「自分のことを、新聞記者ジョージという妄想に憑りつかれたナポレオン」
は「完治」したとして退院し、そのままジョージとして、健やかな一生を送るのだった。
もうね、読み終えたとき「えええええ!」と声をあげて、ひっくり返りそうになりましたよ。
よう、こんな話思いつきますなあ、と。
現実と妄想が、二転三転のメリーゴーラウンド。そら、星新一や藤子不二雄が心酔するはずや、と。
いやホンマ、頭おかしくなりそうでしたよ。フレドリック、カッケー!
まったくSF作家の奇想はぶっ飛びまくっているが、これをもしのぐであろう、さらなる「なんじゃこりゃあ!」もこの世界には存在し、ダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイク・ガイド』の一説。
「銀河ハイウェイの建設工事を行うため」
という理由から、たった2分で宇宙人に滅ぼされる地球。
地上げ(!)により故郷を失ったアーサー・デントは、人類最後の一人として様々なトラブルを乗り越えながら宇宙を旅するのだが、そのエピソードのひとつに、
『生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え』
を、スーパーコンピューター「ディープソート」に計算させるというものがある。
750万年かかってはじき出した答えというのが、なんと「42」。
これをはじめて読んだときは、心底シビれました。
生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えが、なんの味もそっけもない「42」という数字であると。
「0」とか「666」とか「∞」といった思わせぶりな数字ではなく、素数ですらない「42」とは……。
その発想力には言葉も出ません。
SFってすごいなあと、ただただ感動しました。
最上級の「なんじゃこりゃあ!」です。ありがとうございました。
(北村薫編に続く→こちら)