読み終えて「なんじゃこりゃあ!」 『北村薫のミステリー館』の稲垣足穂『本が怒つた話』

2017年06月05日 | 

 松田優作小説というのがある。

 これは私が、勝手に考えた個人的ジャンルで、名優松田優作が出てくるというわけではなく、読み終えたときにジーパン刑事のごとく

 

 「なんじゃこりゃあ!」

 

 思わず叫んでしまうような、おかしな小説のことである。

 前回(→こちら)はフレドリックブラウンの快作『さあ、気ちがいになりなさい』を紹介したが、今回は『北村薫のミステリー館』。

 北村先生といえば、『空飛ぶ馬』でデビューして

 

 「日常の謎」

 

 というミステリの新ジャンルを開き、その後も幅広い作風で活躍。

 あれこれとややこしいこともあった末、直木賞をなんとか受賞されて周囲をホッとさせたときには、ただただ拍手が出ました。高き先生なのである。

 私もミステリ野郎として、先生の著作は多く手に取っているが、かの傑作『ニッポン硬貨の謎』がすばらしい。

 これがまた、ラストがものすごい「なんじゃこりゃあ」な驚天動地のシロモノで。

 その遊び心というか、あえてこの言葉を敬意をこめて使わせていただくと、「大バカミス」な発想には、心底シビれたもの。

 あの北村先生が、そのあふれくる教養をもってして、こんな底抜けなことをやる。

 人生とはなんと美しいのかとマジ泣きした、会心の「松田優作小説」だ。

 そんな北村先生は、執筆だけでなく、アンソロジーの達人としても知られている。

 新潮社の『謎のギャラリー』や、宮部みゆきさんとコンビを組んだ、ちくま文庫の『名短編、ここにあり』シリーズなどなど。

 洋の東西ジャンルを問わず、様々な名作で「ドリームチーム」を編んでいらっしゃる。

 この『ミステリー館』もおもしろ小説(マンガ戯曲もあり)せいぞろいで、なんとも楽しい。

 不眠対策の「寝床での、一人しりとり」から話が広がり「わっかるなあ」と、うならせる岸本佐知子夜枕合戦』。

 南米文学を思わせる幻想的雰囲気と、そこはかとない不気味さをたたえた、西洋版江戸川乱歩ともいえそうなジャンフェリー虎紳士』。

 短編の名手といえばこの人。私も大好きなヘンリイスレッサーが、ここでもやってくれました。

 ラストで悲鳴が上がること必至の、切れ味鋭い恐怖小説『二世の契り』。

 トリにこれを持ってくるのが、また絶妙。

 ラストの一行がしっとりとした深い余韻を残す、村上春樹訳、ジェーンマーティンバトントゥワラー』。

 もう、どれもこれもハズレなしのラインアップなのだが、中でもインパクトがあるのが、稲垣足穂の『本が怒つた話』。

 数行の短い話なので、ここに引用してみたい。



 或る日、三階で読んでゐた本をポンととじたハヅミに耳のそばで

「面白いか?」と云ふ声がしたので

「面白くない」と云ふと

「何が面白くない! 何が! 何が! 何が!……」と肩をこづきまはされて、窓ぎはに押し行かれて、おまけに足をはね上げられたので、アツといふ間に明いてゐた窓から真逆様に落ちた。




 これでお終い。見事な「なんじゃこりゃあ!」。

 世の中には、おもしろい物語が、まだまだ山ほどあるなあと思わされましたです、ハイ。





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