井上慶太のA級での戦いぶりは、実にドラマチックであった。
前回は井上がC2時代に昇級の一番で、まさかの大ポカをしてしまった将棋を紹介したが、そこで苦労したものの、一回抜けてしまえばあとは一気だった。
C1こそ9勝1敗の頭ハネ(9割勝って上がれないって、どんなリーグだよ)などで4期かかったもののB2は2期、B1は1期抜けで34歳にしてついにA級に到達したのだ。
棋士のだれもがあこがれる舞台に立ち、「夢と希望に胸をふくらませていた」という井上は初戦で、中原誠永世十段を破るという好スタートを切る。
2回戦こそ加藤一二三九段(58歳!)に敗れるも、3回戦では前期まで名人だった羽生善治四冠を撃破。
続く高橋道雄九段戦も制して3勝1敗と快走し、羽生や森下卓八段、佐藤康光八段らと並んでトップを走ることに。
ここまではまさに「夢と希望」の展開だが、A級はそんな甘いところではなく、ここからが地獄のはじまりだった。
続く5回戦の森下戦を落とすと、そこから佐藤康光戦、森内俊之八段戦と3連敗。
これで井上はトップグループから、一気に9位の成績に転落。
それどころか、次の米長邦雄九段との3勝同士の直接対決に敗れると、最終戦に仮に勝っても、同じ3勝の森内と加藤の2人ともが2連敗してくれないと落ちてしまうのだ。
双方、負ければほぼお終いの鬼勝負は、後手番の米長が意表の陽動振り飛車に。
井上は5筋の位を取ると、4筋から金銀を盛り上げて仕掛けて行く。
図は▲46歩、△同歩、▲同銀と進撃したところだが、ここで米長の見せた手が激しかった。
△55銀(!)、▲同銀、△49飛成。
なんと、銀損で飛車を侵入させるという猛攻を仕掛けてきたのだ。
先手の玉形が不安定なところをついてのことだろうが、一回▲59歩の底歩が効くのが強味で、一気には決まらない。
首のかかった一番にもかかわらずというか、だからこそというべきか、米長のみならず井上もこの将棋は積極的で、△49飛成、▲59歩、△54歩に▲45桂とダイブ。
たしかに、銀を逃げる手は指せないが、それにしても激しい。
順位戦の大勝負はどちらもが慎重になりすぎて、まったく局面が動かないことも多いが、
「フルえてはイカン!」
とばかり逆に意識しすぎて単調な攻め合いになったり、過剰なたたき合いになったりすることもあり、この一局もそうなのかもしれない。
▲45桂には△55歩と取って、▲53銀、△72玉、▲33桂不成、△56歩、▲41桂成と、足を止めての打ち合い。いや、激しい。
形勢は大きな駒得となった井上が優勢と見られていたが、まだ、むずかしいところもあるという声も。
米長としてはどこかで一回、△54金のように受けに回っておけば戦えたようだが、一度走り出した列車は止まらない。
一気の攻め合いに持って行き、それが結果的には敗着となる。
△67歩がきびしい一打のようだが、この将棋の井上はどこまでも前向きだった。
▲55角と出るのが、この激戦を制した勇者の一手。
△68歩成とボロッと金を取られるが、▲同飛と手順に、飛車を急所の位置に設置できるのがピッタリの返し技。
これで後手玉に受けはなく、井上が大一番を制す。
4勝目を挙げた井上は最終戦を勝てば、文句なしの残留という権利を獲得。
一方の米長は勝っても、井上の結果次第で26年連続(名人1期ふくむ)で守ったA級の地位を失うという、崖っぷちに立たされることとなったのだ。
(続く)
米長先生といえば、こういう勢いのある将棋が売りでしたが、ここではうまくいかなかったようですね。
それに怯むことなく対応した井上先生が素晴らしかったです。
代わりに、7二金(61)で落ち着いて自陣整備をする事を推奨されました。これならほぼ互角のままだったんで、じっくり戦えと言いたいようです。
しかし、人間としては本譜の結果が後手勝ちになってても全くもっておかしくなかった、ですよね。