こんなに変だぞ『死刑台のエレベーター』 ノエル・カレフ原作 ルイ・マル監督

2019年03月28日 | 映画
 『死刑台のエレベーター』は良質のコメディ映画である。
 
 フランスのルイマル監督といえば、『地下鉄のザジ』は大好きだし、『さよなら子供たち』は胸苦しく切ない傑作で、どちらも何度も観た。
 
 この『死刑台のエレベーター』も、やはり私のお気に入りで、こないだテレビでやってたのを見て、もうこれで4回目の鑑賞だが、またも最後まで笑いっぱなしで大いに楽しめたのだった。
 
 というと、

 
 「おいおいちょっと待て、この映画は《フィルムノワール》ではないか。マイルスデイヴィスの音楽もけだるく、どこにも笑いのはいる余地などないだろ」

 
 なんて意見があるかもしれないが、それはまったく正しい
 
 ノエルカレフ原作のこの物語は、犯罪劇であり、全編シリアスな展開のはずなのだが、それでもなぜか、私にはこの映画が喜劇に見えて仕方がないのだ。
 
 まず引っかかるのが、主人公が「やらかす」シーン。
 
 ストーリーは、主人公であるモーリスロネ演じる、元フランス軍落下傘部隊の英雄ジュリアン・タベルニエが、雇い主である社長を殺そうとするところからはじまる。
 
 なぜ、そんなことをするのかと問うならば、なんとモーリスは社長の奥さんとつきあっている。
 
 いわゆる不倫の恋というやつだ。
 
 そこで、奥さん役のジャンヌモローに、

 
 

「こんなことしてても、未来がないやん。なあアンタ、ウチのこと愛してるんやったら、ウチのこと縛りつけてるあのダンナを殺して。ほんで、二人で楽しゅう暮らそうや」


 
 不倫を発端にした事件。
 
 ビリー・ワイルダーの『深夜の告白』、ジェイムズ・M・ケイン『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』とか、ノワールには付き物の設定だ。
 
 そこで、モーリスは殺人を決行。
 
 アリバイ工作も完璧にし、オフィスのベランダからロープをのぼって社長室に忍びこみ、見事社長を自殺に見せかけて殺すことに成功する。
 
 愛ゆえの、命をかけた犯罪だ。
 
 あとはモーリスとジャンヌ姉さんが完全犯罪を遂行できるのか、それとも警察に事が露見してしまい、ふたりは哀れ、ひき裂かれてしまうのか。
 
 そうしたドキドキ感でぐいぐい引っぱっていく、サスペンスフルな展開を期待するであろう。
 
 ところがどっこい観てみると、思ってるのと、ちょとばっかし雰囲気がちがうのだ。
 
 どう、ちがうかといえば、モーリス・ロネの犯行現場における証拠隠滅シーン。
 
 見事殺人をやりとげ、指紋もすべてふき取り、密室の状況もこしらえて、完全に自殺としか見えない場を作り出す。
 
 さてホッとしたと、愛するジャンヌ姉さんの元に走ろうと車に乗りこんだところで、ふと上を見上げて、そこで気づくのである。

 
 

「あ、ロープ回収するのん、忘れてた」



 
 ここでまず、スココココーン! とコケそうになった。
 
 おいおい、そんな大事なもん忘れてどうする。
 
 そう、自室のベランダから社長室の階に、忍者のごとくよじ登るときに使ったロープが、思いっきり出しっぱなしに。
 
 下から見ると、マヌケにプラーンとぶら下がったままなのだ。
 
 潜入に使ったロープなんて、「密室殺人」をするのに、一番現場に残してはいけないアイテムではないのか。
 
 むしろ、忘れようにも、忘れようがないアイテムだと思うが。ようウッカリしましたな。
 
 オレオレ詐欺師が、自分の本名を名乗ったりするレベルのうかつさである。

 こんなスットコなミスを犯す男が主人公で、この映画は大丈夫なのか。
 
 そう思ってしまったのが運の尽き。
 
 いったん、
 
 「主人公がマヌケ
 
 という、すりこみがあたえられてしまうと、そこからがいくらダイアログディレクターがシブいセリフを書こうと、ジャズメンがクールなラッパを吹こうと、

 
 「すべてがギャグに見えてしまう」

 
 というギアを切り替えることは、できなくなってしまったのだった。
 
 
 (続く→こちら) 
 
 

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