久保利明のさばきは、将棋界の至宝である。
ということで、前回は「さばきのアーティスト」こと、久保利明九段の華麗なるイリュージョンを紹介したが(→こちら)、今回は少し毛色が違う妙手を。
将棋の妙手のおもしろさに、
「固定観念をくつがえされる快感」
というのがある。
将棋には様々な常識というか「そうすべきもの」という型があり、
「居玉は避けよ」
「玉の守りは金銀三枚」
「攻めは飛角銀桂」
など、主に格言となったりしているが、ときにその逆を行くことこそが「正解」だったりして、その読みの深さや、柔軟さに感心させられるのだ。
今回は、久保による「逆張り」の妙手を紹介したい。
舞台は2013年のA級順位戦。
相手はまたも、深浦康市九段である。
後手番で、早石田にかまえた久保が、序盤で早くも戦端を開く。
飛車交換から、お互い敵陣に打ちこんでねじりあいになり、むかえたのがこの局面。
先手の深浦が▲23と、と寄ったところ。
形勢は難しそうだが、後手玉は左右から挟み撃ちにされており、いかにも息苦しい形。
攻め合うなら△28とだが、△38の地点には▲74から角が利いていて、きびしい手かどうかは微妙。
そもそも次△38と、と取った形がなんでもなく、その2手の間に一気に攻めこまれるかもしれない。
後手としては、当然竜をうまく使いたいのだが、ここで久保が指した手が、まさに「逆を行く」好手だった。
△19と、とこちらに使うのが、思いつかない、いや思いついても指せない手。
通常、と金といえば
「と金のおそはや」
「53のと金に負けなし」
など、できるだけ敵陣に迫ったり、できれば3段目にいると、威力を発揮する駒なのだ。
それを、まったく反対の、おそらくはと金がもっとも働かない△19の地点に寄る。見たこともない発想だ。
もっとも、指されてみれば、意味は納得できる。
次、後手は△29竜と入るのが、金と▲23のと金の両取り。
金を責められるのもさることながら、竜でと金を払われると、後手玉が一気に安全になってしまうのが、先手の泣きどころ。
攻防ともに、実にきびしい両取りで、指された深浦もおどろいたことだろう。
両取りを食らってはたまらんと、その前に攻めつぶすべく▲33桂と打ち、△31金に▲21と、とこちらはまさに「と金のおそはや」。
「敵の金をはがす」は攻めの基本だが、久保は待望の△29竜。
しょうがない▲39桂に、軽く△21金と取って、▲同桂成に△23竜とと金を除去。
これで後手の左辺が、相当楽になっている。
▲23にあったと金は、後手玉の脱出を防ぐ鬼看守だったが、つんのめって利きの少ない▲21の成桂だけでは、いかにも頼りない。
その意味からも、久保の△19と、という手が、いかに一目指しにくかったかが、よくわかろうというものだ。
玉を△42から逃げられては、つかまらないから、深浦は▲31成桂とせまるが、久保はやはり軽く△34竜。
これに深浦は▲41金と打つことを余儀なくされ、これがなんとも重い手で、いかにも悲しい。
後手はゆうゆう△62玉とあがり、▲42金に△73香が、すこぶるつきに味の良い手。
角取りの先手で自陣を補強しながら、馬道を遮断して、さらには玉頭にねらいをさだめている。
一石で、何鳥落としたかわからないくらい、まさに手がしなる香打ちだ。
以下、▲56角に△44竜と逃げ、▲52金、△同金、▲82銀に△77歩と、ド急所にたたいて後手攻め合い勝ち。
最後は竜を△46に使い、その利きを生かして、桂香で△76の地点を攻め、先手陣を攻略してしまった。
あの△18にいた竜を、横からではなく、ぐるりと自陣を経由して、中段からタテに使うという発想が、すばらしいではないか。
それもこれも、△19と、という「理外の好手」のたまもの。
将棋の強い人は、盤面を実に広く見ていることが、よくわかる好手順といえるだろう。
(鈴木大介の逆転術編に続く→こちら)
(久保の「ねばりもアーティスト」編は→こちら)