「自陣飛車」というのは上級者のワザっぽい。
飛車という駒は攻撃力に優れるため、ふつうは敵陣に、できれば成って竜にして暴れさせたいもの。
そこをあえて、自陣で生飛車のまま活用するというのは難易度が高く、いかにも玄人という感じがするではないか。
そこで今回はトップ棋士による、腰の入った大駒の使い方を見ていただこう
2002年の第61期A級順位戦7回戦。
佐藤康光棋聖と、谷川浩司王位の一戦。
名人挑戦をかけて、2敗同士の直接対決は、後手の谷川が横歩取りに誘導。
谷川が8筋からこじ開けにかかり、おたがいが大駒を持ち合う激しい展開に。
むかえたこの局面。
飛車の打ちこみに強い、後手の中原囲いにくらべて、先手陣は▲87の金がうわずって、左辺がいかにも寒い形。
次、△79や△89に飛車を打たれたらひとたまりもないが、ここで意表の手が飛び出す。
▲79飛と、ここに打つのがすごい手。
「敵の打ちたいところに打て」
との意図はわかるが、思いついても、指すには相当の勇気がいりそうだ。
森下卓九段の本によると、この局面は▲56角に、△79飛と打ちこんで後手優勢という結論だったそうだが、それをくつがえす新手となった。
いかにも危なげな自陣飛車だが、これで意外と後手から攻めがないから、おどろき。
谷川は△86歩と打って、▲88金に、△74歩と桂頭をねらう。
次に、△75歩、▲同歩、△76角のようになれば成功だが、そこで▲67角がまたもや、おどろきの手。
自陣飛車だけでなく、自陣角までとはサービス満点。
これまた佐藤らしい、強情ともいえる指しまわし。
いや、すごい形だけど、これで先手陣にスキがなく、ちゃんと受かっているのだから、おどろきだ。
このあとも、なんとか暴れようとする後手に、的確に対処して快勝。
自陣飛車というのは、ただでさえ力強さを感じるが、佐藤康光が指すとそれ以上に「剛腕度」が上がる気がする。魅せますですなあ。
ちなみに、対戦相手の谷川もまた、印象的な自陣飛車を指している。
こちらは「光速の寄せ」らしく、攻めの自陣飛車だ。
1986年の王将戦。谷川浩司九段と森安秀光八段の一戦。
四間飛車と▲46銀型急戦からむかえた終盤戦。
ここで、「次の一手」のような、カッコイイ決め手が出る。
▲97飛が、作ったような一手。
△87香成、▲同玉、△75桂からの詰みを消しながら、次に▲95歩からのピストン砲に受けがない。
森安は△85桂と飛車を責めるも、かまわず▲95歩の「端玉には端歩」で決まっている。
これは私が子供のころ、谷川浩司棋王が講師をやっていたやっていた、NHK将棋講座「谷川流勝ち方教室 大局観が勝負を決める」で紹介されていたもの。
私が将棋をはじめたばかりのころだけど、こんな手を見せられたら、そら今でも憶えてますわな。
■おまけ
(自陣飛車といえば、この人というのが木村一基九段)
(羽生善治の見せた攻めの自陣飛車)
(佐藤康光と谷川浩司の名人戦での死闘)
(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)