行方尚史がA級に復帰した。
強敵くせ者がそろい、混迷を極めるB級1組順位戦。
そもそもが予想が困難なクラスだが、そこをなんと年明け前の9回戦で、あっさりと抜け出したのだから驚いたものだ。
上からは丸山、久保の元タイトルホルダーが降りてきて、下からは若手バリバリの広瀬が昇ってきている。
これらを考慮に入れると、正直行方については昇級候補にはあげていなかったのであるが、そこを開幕から9連勝のぶっちぎりでの昇級。
いや、おみそれしました。頭を下げます。ニコニコしながら。
行方尚史のファンである。
将棋界では少ない青森県出身の棋士で、鋭い寄せと、独特の粘り強さに定評がある。
A級1期、早指し新鋭戦、朝日オープントーナメントで優勝経験あり。愛称は「ナメちゃん」。
行方といえば、まず彼の名を棋界にとどろかすことになったのは、デビューしてすぐの竜王戦。
プロになったばかりの新四段はもとより、制度的にはアマチュアや女流棋士でも、1年で棋界最高峰に立てるチャンスがある棋戦。
このことから、若手がこの棋戦で活躍することを
「竜王戦ドリーム」
と呼ぶが、行方はまさにその先駆けであった。
デビュー1年目、19歳の行方は、初参加の6組トーナメントで優勝。
決勝トーナメントでも、並みいる強豪をなで切りにし、なんと挑戦者決定戦まで進出したのである。
それはそれはものすごい勝ちっぷりで、挑決を戦った、当時四冠王だったか五冠王だったかの羽生善治をして、
「あのころまだ24歳だった自分がいうのも変なんですけど、行方さんと指していて、『ああ、これが若さの勢いというやつかあ』と感じさせられましたね」
行方を有名にしたのは、この勝ちっぷりだけでなく、決戦前のインタビューで披露したこんなセリフ。
「羽生さんに勝って、いい女を抱きたい」
なかなか言うもんである。後年、このセリフに関しては、
「いやあ、あれはインタビュアーさんにのせられちゃって(苦笑)」
頭をかいていたが、舌禍事件というほどでもないし、地味な印象のある将棋界では、若手はこれくらいインパクトがある方がいいかもしれない。
なんにしても、我々ファンは、
「おもしろい新人が出てきたぞ」
と注目したものであった。
この決戦こそ、七冠ロードを走る羽生に2連敗でけちらされたものの、才能、キャラクターともに申し分なし。
ビジュアル面と、ちょっと生活が乱れ気味のところが魅力になることも相まって、女性人気も上々。
ニューヒーローは各棋戦で活躍。順調にトップ棋士への階段を上っていくのだ。将来のスター候補の誕生である。
そんなナメちゃんが、再び発言で魅せてくれたのが、宝島社のムックのインタビュー記事。
『将棋界王手飛車読本』という、なんじゃそりゃなタイトルの本。
ここで行方が、なんと音楽雑誌『ロッキン・オン』の編集者にインタビューされた記事が、掲載されていたのだ。
将棋のムックに、なぜ『ロッキン・オン』? という素朴な疑問の答えは、インタビュー開始すぐにわかることとなる。
冒頭から、いきなり、
「『レディオヘッドの来日ライブに行った』とか、そういうこと書けないじゃないでしょ」
そう、行方尚史は将棋指しであると同時に、無類の音楽好きの青年という一面も持っていたのである。
そんな彼は、もちろんのこと『ロッキン・オン』も愛読しており、この人選に大喜び。
「読んでますよ」とはしゃいだ声を上げ、インタビュアーに
「小山田圭吾君に似てるね」
といわれては、はにかみ、それでも、まんざらでもなさそうに笑顔を見せる。
将棋界が、いまひとつマイナーことを危惧するときには、
「あと4つ若かったら、絶対ミュージシャンになってますよ!」
と力説するなど、若さあふれる、なかなかに興味深い記事に仕上がっていた。
24歳という年齢にも関わらず、自らの将棋が勢いを欠きだしていることに、すでに危機感を覚えたり。
若くして完成されていた羽生などトップ棋士たちと違って、口べたなのか質問に口ごもることも多く、若さゆえの煩悶に苦しんでいることが伝わってくる語りであった。
さんざひねくりまわして、それでも、今の自分の悩みを伝える言葉が見つからないのだろう、
「確かなことは、きっと勝つこと以外にないんだろうな、とは思いますけど」
「だから、やっぱり勝って勝って勝って、そのうえでまた考えてみたい」
絞り出すことができないナメちゃんの姿は、なにやら艶っぽい男らしさに満ちている。
これ、女の子だったら、惚れちゃうなあなんて、変なことを考えさせられたりしたものだ。
竜王戦の時はそうでもなかったが、このインタビュー以降、行方尚史は相当気になる棋士のひとりとなっていた。
それが決定的になったのが、宝島社から出た将棋ムックの続編『将棋界これも一局読本』(ふたたび、なんちゅうタイトルや)。
前回の記事に味を占めたのか、ナメちゃんは今回も華麗に再登場。
今度はインタビューではなくロングエッセイだったが、この文章がふるっていた。
ナメちゃんは元々『将棋世界』の自戦記など、なにげに読ませる文章を書く棋士の一人であったが、今回のエッセイはその内容がはっちゃけていた。
なんといっても、はじめから終わりまで、延々とミッシェル・ガン・エレファントへの愛がつづられているのだ。
やれ朝起きたら気合いを入れるために『ギヤ・ブルーズ』を聴くだの、チケットは安いけど取るのが大変だの。
ライブは最高だったの、文章の中に歌詞を取りこんでみたり。
知らない人が読んだら、まず将棋の本だとは思わないであろう、ミッシェル愛がつらぬかれていたのであった。
これを読んだときに、私の行方ファンへの道は決定的に開かれたのである。
そらそうであろう、なんといっても、私もまたこう見えてミッシェル・ガン・エレファントの大ファンであるからだ。
CDもDVDも全部そろえて、もう阿呆ほど聴いてます。朝起きて『ギヤ・ブルーズ』を聴いて気合いを入れるところなども一緒。
もちろん後の解散ライブも千葉まで行きました。カラオケの十八番は赤いタンバリンを振りながらの『リリィ』だ。
こんなものを読まされたら、そら行方を応援する他ないではないか。
ここから、私の行方ファン道は本格的に始動。
その才能からしてA級八段は固いだろうし、タイトルだって全然ねらえる位置にいるはずだ。
親友である三浦弘行は棋聖、藤井猛はまさに「ドリーム」を体現し竜王を取った。
なれば行方も、王位か棋王あたりを奪ってみればどうか。
一般アピールという意味では、NHK杯も取っておきたいな。ベスト4までは行ったことあるんだよね。
なんて、期待しながら見ているのだが、どうもナメちゃん、その才能を万全に発揮してきているとはいいがたい。
新人賞や最高勝率賞を受賞するなど、すばらしい戦績もあるが、トーナメントでは新人王戦で決勝までいくも準優勝。
タイトル戦は竜王戦以来挑戦者決定戦にも行けてないし(今期の王座戦はおしかったが)、A級も1勝8敗というふがいない成績で1期で降級。
今のA級は層が厚く、「日帰り」は珍しくもないが、それにしても1勝のみというのはあんまりだ。
こんなん、ファンとしては全然物足りない。
いや、上の羽生世代においしいところを、まとめてごっそりさらわれてしまっているナメちゃんの世代。
ここは、正直かなり割を食っている印象はあるんだけど、それにしても、本当なら私の予定ではもっと勝ってるはずなんだけど。
本人も、ある対談で、
「ぬるま湯につかってしまっている僕が言うのもなんだけど……」
みたいなことをおっしゃっていて、それなりに自覚はあるようだけど、すっかりB1に定着した感のある現状では、それはイカン!
大沢親分並に、カツを入れたいところだ。
なんてことを考えながら、
「でも、今のB1はキツいからなあ。一昔前はフリーパスだったのに、すっかり《鬼の住処》に戻っちゃったよ」。
と、意気上がらず行方苦戦を予想していたが、あにはからんや、そこで披露されたのがこの復帰劇である。
開幕9連勝でぶっちぎるなんて、だれが予想したことでしょうか。
星印なし、なんて失礼しました。
なーんや、ナメちゃん、やったらできるやん! 結婚して、それがいい方に出たもんだ。
やっつけたのも、木村一基、松尾歩、阿久津主税、広瀬章人、山崎隆之などなど、Aクラスにいてもなんら遜色のない面々ばかり。
このメンバーをつるべ打ちしたんだから、今度はあがっても「日帰り」とか「思い出A級」なんて言われるような成績は残すまい。
ここまで待たされたんだから、ここは一気に「名人挑戦」なんてサプライズを見せてくれても、それでもかまわない、かわまない(ミッシェル調)。
このままトップ通過を決めて、来期は行方尚史ここにありという、勢いある将棋を見せてほしいものだ。
(続く【→こちら】)