行方尚史ギャラクシー・デイズ

2013年03月06日 | 将棋・雑談

 行方尚史A級に復帰した。

 強敵くせ者がそろい、混迷を極めるB級1組順位戦

 そもそもが予想が困難なクラスだが、そこをなんと年明け前の9回戦で、あっさりと抜け出したのだから驚いたものだ。

 上からは丸山久保の元タイトルホルダーが降りてきて、下からは若手バリバリの広瀬が昇ってきている。

 これらを考慮に入れると、正直行方については昇級候補にはあげていなかったのであるが、そこを開幕から9連勝のぶっちぎりでの昇級。

 いや、おみそれしました。頭を下げます。ニコニコしながら。

 行方尚史のファンである。

 将棋界では少ない青森県出身の棋士で、鋭い寄せと、独特の粘り強さに定評がある。

 A級1期早指し新鋭戦朝日オープントーナメント優勝経験あり。愛称は「ナメちゃん」。

 行方といえば、まず彼の名を棋界にとどろかすことになったのは、デビューしてすぐの竜王戦

 プロになったばかりの新四段はもとより、制度的にはアマチュア女流棋士でも、1年で棋界最高峰に立てるチャンスがある棋戦。

 このことから、若手がこの棋戦で活躍することを

 「竜王戦ドリーム

 と呼ぶが、行方はまさにその先駆けであった。

 デビュー1年目、19歳の行方は、初参加の6組トーナメントで優勝

 決勝トーナメントでも、並みいる強豪をなで切りにし、なんと挑戦者決定戦まで進出したのである。

 それはそれはものすごい勝ちっぷりで、挑決を戦った、当時四冠王だったか五冠王だったかの羽生善治をして、



 「あのころまだ24歳だった自分がいうのも変なんですけど、行方さんと指していて、『ああ、これが若さの勢いというやつかあ』と感じさせられましたね」



 行方を有名にしたのは、この勝ちっぷりだけでなく、決戦前のインタビューで披露したこんなセリフ。

 「羽生さんに勝って、いい女を抱きたい」

 なかなか言うもんである。後年、このセリフに関しては、



 「いやあ、あれはインタビュアーさんにのせられちゃって(苦笑)」



 頭をかいていたが、舌禍事件というほどでもないし、地味な印象のある将棋界では、若手はこれくらいインパクトがある方がいいかもしれない。

 なんにしても、我々ファンは、

 「おもしろい新人が出てきたぞ」

 と注目したものであった。

 この決戦こそ、七冠ロードを走る羽生に2連敗でけちらされたものの、才能、キャラクターともに申し分なし。

 ビジュアル面と、ちょっと生活が乱れ気味のところが魅力になることも相まって、女性人気も上々。

 ニューヒーローは各棋戦で活躍。順調にトップ棋士への階段を上っていくのだ。将来のスター候補の誕生である。 

 そんなナメちゃんが、再び発言で魅せてくれたのが、宝島社のムックのインタビュー記事。

 『将棋界王手飛車読本』という、なんじゃそりゃなタイトルの本。

 ここで行方が、なんと音楽雑誌『ロッキン・オン』の編集者にインタビューされた記事が、掲載されていたのだ。

 将棋のムックに、なぜ『ロッキン・オン』? という素朴な疑問の答えは、インタビュー開始すぐにわかることとなる。

 冒頭から、いきなり、



 「『レディオヘッドの来日ライブに行った』とか、そういうこと書けないじゃないでしょ」

 


 そう、行方尚史は将棋指しであると同時に、無類の音楽好きの青年という一面も持っていたのである。

 そんな彼は、もちろんのこと『ロッキン・オン』も愛読しており、この人選に大喜び。

 「読んでますよ」とはしゃいだ声を上げ、インタビュアーに

 「小山田圭吾君に似てるね」

 といわれては、はにかみ、それでも、まんざらでもなさそうに笑顔を見せる。

 将棋界が、いまひとつマイナーことを危惧するときには、

 「あと4つ若かったら、絶対ミュージシャンになってますよ!」

 と力説するなど、若さあふれる、なかなかに興味深い記事に仕上がっていた。

 24歳という年齢にも関わらず、自らの将棋が勢いを欠きだしていることに、すでに危機感を覚えたり。

 若くして完成されていた羽生などトップ棋士たちと違って、口べたなのか質問に口ごもることも多く、若さゆえの煩悶に苦しんでいることが伝わってくる語りであった。

 さんざひねくりまわして、それでも、今の自分の悩みを伝える言葉が見つからないのだろう、



 「確かなことは、きっと勝つこと以外にないんだろうな、とは思いますけど」

 「だから、やっぱり勝って勝って勝って、そのうえでまた考えてみたい」



 絞り出すことができないナメちゃんの姿は、なにやら艶っぽい男らしさに満ちている。

 これ、女の子だったら、惚れちゃうなあなんて、変なことを考えさせられたりしたものだ。

 竜王戦の時はそうでもなかったが、このインタビュー以降、行方尚史は相当気になる棋士のひとりとなっていた。

 それが決定的になったのが、宝島社から出た将棋ムックの続編『将棋界これも一局読本』(ふたたび、なんちゅうタイトルや)。

 前回の記事に味を占めたのか、ナメちゃんは今回も華麗に再登場。

 今度はインタビューではなくロングエッセイだったが、この文章がふるっていた。

 ナメちゃんは元々『将棋世界』の自戦記など、なにげに読ませる文章を書く棋士の一人であったが、今回のエッセイはその内容がはっちゃけていた。

 なんといっても、はじめから終わりまで、延々とミッシェル・ガン・エレファントへの愛がつづられているのだ。

 やれ朝起きたら気合いを入れるために『ギヤ・ブルーズ』を聴くだの、チケットは安いけど取るのが大変だの。

 ライブは最高だったの、文章の中に歌詞を取りこんでみたり。

 知らない人が読んだら、まず将棋の本だとは思わないであろう、ミッシェル愛がつらぬかれていたのであった。

 これを読んだときに、私の行方ファンへの道は決定的に開かれたのである。

 そらそうであろう、なんといっても、私もまたこう見えてミッシェル・ガン・エレファントの大ファンであるからだ。

 CDもDVDも全部そろえて、もう阿呆ほど聴いてます。朝起きて『ギヤ・ブルーズ』を聴いて気合いを入れるところなども一緒。

 もちろん後の解散ライブも千葉まで行きました。カラオケの十八番は赤いタンバリンを振りながらの『リリィ』だ。

 こんなものを読まされたら、そら行方を応援する他ないではないか。

 ここから、私の行方ファン道は本格的に始動。

 その才能からしてA級八段は固いだろうし、タイトルだって全然ねらえる位置にいるはずだ。

 親友である三浦弘行棋聖藤井猛はまさに「ドリーム」を体現し竜王を取った。

 なれば行方も、王位か棋王あたりを奪ってみればどうか。

 一般アピールという意味では、NHK杯も取っておきたいな。ベスト4までは行ったことあるんだよね。

 なんて、期待しながら見ているのだが、どうもナメちゃん、その才能を万全に発揮してきているとはいいがたい。

 新人賞最高勝率賞を受賞するなど、すばらしい戦績もあるが、トーナメントでは新人王戦で決勝までいくも準優勝

 タイトル戦は竜王戦以来挑戦者決定戦にも行けてないし(今期の王座戦はおしかったが)、A級も1勝8敗というふがいない成績で1期で降級

 今のA級は層が厚く、「日帰り」は珍しくもないが、それにしても1勝のみというのはあんまりだ。

 こんなん、ファンとしては全然物足りない。

 いや、上の羽生世代においしいところを、まとめてごっそりさらわれてしまっているナメちゃんの世代。

 ここは、正直かなり割を食っている印象はあるんだけど、それにしても、本当なら私の予定ではもっと勝ってるはずなんだけど。

 本人も、ある対談で、



 「ぬるま湯につかってしまっている僕が言うのもなんだけど……」



 みたいなことをおっしゃっていて、それなりに自覚はあるようだけど、すっかりB1に定着した感のある現状では、それはイカン!

 大沢親分並に、カツを入れたいところだ。

 なんてことを考えながら、

 「でも、今のB1はキツいからなあ。一昔前はフリーパスだったのに、すっかり《鬼の住処》に戻っちゃったよ」。

 と、意気上がらず行方苦戦を予想していたが、あにはからんや、そこで披露されたのがこの復帰劇である。

 開幕9連勝でぶっちぎるなんて、だれが予想したことでしょうか。

 星印なし、なんて失礼しました。

 なーんや、ナメちゃん、やったらできるやん! 結婚して、それがいい方に出たもんだ。

 やっつけたのも、木村一基松尾歩阿久津主税広瀬章人山崎隆之などなど、Aクラスにいてもなんら遜色のない面々ばかり。

 このメンバーをつるべ打ちしたんだから、今度はあがっても「日帰り」とか「思い出A級」なんて言われるような成績は残すまい。

 ここまで待たされたんだから、ここは一気に「名人挑戦」なんてサプライズを見せてくれても、それでもかまわない、かわまない(ミッシェル調)。

 このままトップ通過を決めて、来期は行方尚史ここにありという、勢いある将棋を見せてほしいものだ。

 (続く【→こちら】)






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