『米長の将棋』で学ぼう「将棋とは相手の駒をはがすことなり」

2017年10月17日 | 将棋・雑談

 『米長の将棋完全版』を読む。

 将棋の本には役立つ様々な名著と呼ばれる本がある。 

 プロでも参考にしたという『羽生の頭脳』シリーズをはじめ、


 真部一男『升田将棋の世界』

 藤井猛・鈴木宏彦『現代に生きる大山振り飛車』

  勝又清和『最新戦法の話』



 などは棋力アップのみならず、読み物としても充実しており、中級者以上の方にはぜひ一度は手にとってほしい一品。

 そんな数々の良書の中で、私がもっとも影響を受けたのが、かの佐藤康光九段も修行時代バイブルにしていたという、米長邦雄永世棋聖の『米長の将棋』シリーズである。

 私は将棋ファンであり、一応将棋倶楽部24二段くらいの棋力もあったが、基本的には自分で指すよりも、テレビなどで観戦したり、棋士のエッセイを読んだりするのが好きな方である。

 それは昔からそうで、町の道場に通っていたときも、そこにいるおっちゃんとワイワイ言いながら指すよりも、どちらかといえば隅でお茶でも飲みながら、備え付けの雑誌を読むのを好む変な子供だった。

 そこで、『将棋マガジン』に連載されていた河口俊彦老師の『対局日誌』や、山口瞳さんの『血涙十番勝負』などと並んで、穴の開くほど読み返していた本というのが『米長の将棋』。

 特に『振り飛車編』に関しては、棋譜をほとんど丸暗記するほどに読みこんだものであった。

 なぜにて『米長の将棋』がそれほどに、少年時代の私の心をつかんだのかといえば、これはもう、



 「米長邦雄の指す将棋が、めちゃくちゃに魅力的だったから」



 米長永世棋聖といえば、根っからのパフォーマーであり、エンターテイナーであった。

 そのことは米長さんを、当代きっての人気棋士へとのし上げたが要因だが、物事はなんでも裏表で、言い方を変えれば「目立ちたがり」の「お調子者」(そして意外と繊細でもある)。

 中にはそのことをよく思わない人も多く、私自身も会長職に就かれてからの仕事ぶりに関しては、



 「男を下げてるなあ」



 と思うケースも多々あったが、こと将棋に関しては米長永世棋聖のそういう特長が良い目に出ており、『米長の将棋』を並べていると、それがよくわかる。

 なんかねえ、とにかく勢いがある、腕力がすごい、その一手一手に

 

 「オレが米長だ」

 

 という強烈は主張が感じられる。

 独特の色気というかがあって、もう並べてみて、おもしろいのなんの。

洗練度では、研究の行き届いた今の将棋の方が上かもしれないけど、泥臭いねじり合いの応酬には

 

 「これぞ昭和の将棋やなあ」

 

 しみじみうれしくなり、



 「そら米長さん、モテはるのわかるわ」



 感心してしまうことしきりなのだ。もうカッケーのよ、マジで。

 また、この『米長の将棋』のオススメポイントは、

 「中終盤の力強さが、メチャクチャに実戦的

 米長邦雄といえば、「泥沼流」と呼ばれ、不利な将棋や作戦負けの局面を、その剛腕でひっくり返してしまうのが売り。

 本書ではその粘り腰や勝負手を、存分に味わえる。

 なべても、米長語録でもっとも実戦的なものといえば、


「将棋とは相手の駒をはがすことなり」




 それをお腹いっぱい堪能できるのが、1979年の第18期十段リーグにおける対森安秀光七段戦。

 森安秀光といえば、これまた、そのねばり強さから

 

 「だるま流」

 「鋼鉄のマシュマロ」

 

 などと呼ばれ、その「泥沼」とかぶるところからか、米長対森安といえば熱戦や珍局が多いのだが、その代表例がこれであろう。

 この一戦で、米長はとにかく森安陣の駒をはがす。はがしてはがして、はがしまくるのだ。

 「ミスター四間飛車」に対して、米長は得意の「米長玉」型4枚銀冠で対抗。

 中盤で少しペースを握った米長は、寄せの足がかりとして玉頭戦を挑む。

 銀冠に対して▲74の地点に歩の拠点を作ると、あとはそこから、ひたすらにをはがしていく。

二枚引きつけて、頑強に抵抗する森安に、とにかくをたたいて手を作る米長。





 図は先手が▲73歩と、たたいたところ。

△同馬寄▲74歩とまたここにたたいて、△83馬▲64桂△71金引

 そこで、▲73歩成時間差で捨てるのが、「ダンスの歩」の応用編ともいえる軽妙手。

△同馬▲72歩と打って、カナ駒の入手に成功。





△同金右▲同桂成△同馬に、またも▲73歩

 △同馬▲74歩△55馬上▲73金





 もう狂ったように、7筋をぶちこむ米長邦雄のド迫力よ。

 以下、△同馬▲同歩成△同馬▲64角と打って、▲55角のラインがあるから、後手は受けがない。

 そのシンプルゆえの力強さが、もう並べていて圧倒されることしきり。

 なんというのか、将棋の強さには読みの力や、定跡の知識など様々あるが、実は一番大事なのは、



「相手をヒーヒー言わす粘着力



 なのではないかと、私はこの棋譜から学んだのである。

 泥臭く、それでいて官能的なのが『米長の将棋』。

 その棋譜を何度も鑑賞すれば、中終盤の腰のすわり方が違ってくるのは間違いなし。おススメです。



 ★おまけ 米長邦雄十段と、デビュー当時の羽生善治四段の対局(ちなみに、私が初めて見た将棋番組がこの一戦でした)は→こちらから。

 ☆おまけ2 米長と森安のさらなる熱戦は→こちら

 ★おまけ3 さらにもうひとつ森安との一戦→こちら

 
      




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