「幻の妙手」について語りたい。
将棋の世界には、盤上にあったのに対局者が発見できないか、もしくは発見しても指し切れず、幻に終わってしまった好手というのが存在する。
前回は郷田真隆九段の指した妙手と、藤井猛九段が残念ながら発見できなかった、その返し技を紹介したが(→こちら)、今回は深浦康市九段と羽生善治九段の一戦から。
先日、NHK杯で優勝した深浦康市九段といえば、四段時代に全日本プロトーナメント(今の朝日杯)や早指し選手権で優勝(決勝の相手はそれぞれ米長邦雄と羽生善治)。
その実力が一級品であることを見せつけたが、タイトル獲得やA級昇級が遅かった棋士である。
順位戦の下のほうで苦労したことと(9-1での頭ハネが2回。この風通しの悪さには本当にウンザリする)、「羽生世代」の厚い壁が存在してたせいだが、そんな深浦に大きなチャンスが訪れたのが、2007年の第48期王位戦。
挑戦者決定戦で、渡辺明竜王を破って久しぶりに大舞台に登場した深浦は、羽生善治王位相手にもいい将棋を展開。
3勝1敗とリードし、初のタイトル獲得に王手をかける。
まあ、そこは天下の羽生のこと。簡単に勝たせてはくれず、カド番をふたつしのいでタイに押し戻し、勝負は最終局にもつれこむことに。
この一番がまた、タイトル保持者を決めるにふさわしい大激闘になるのだ。
たとえば、こんな手。
▲41角に、△62金打。
△63の金を取って、▲53桂成とされる手を防いだわけだが、穴熊相手に固さ負けしないぞ、という気合を感じる。
△71角の受けに、▲42銀がすごい手。
まるで初心者のような筋の悪い攻めだが、これで存外食いついている。
深浦流の、根性を感じる手だ。
この△21の桂を守る金打ちも、見たときはひっくり返ったもの。
正直、いい手なのかどうか、私レベルではさっぱりわからないけど、熱戦の雰囲気は出ている。アツい。
深浦はそれでも▲21馬と取って、△同金に▲55桂とせまる。
羽生はもらった角を△66に設置し、ついに先手の穴熊を照準にとらえる。ド迫力の終盤戦だ。
クライマックスはこの場面。
先手が▲21飛成と金を取り、後手が△68銀と打ったところ。
この局面、先手玉は△88角成からの簡単な詰めろで、後手玉はまだわずかに詰まない。
なにかひねり出さなければならない場面だが、ここで深浦が指したのが、この将棋を熱戦から王位戦の歴史に残る名局に格上げさせた、目をみはる一撃だった。
(続く→こちら)