駒落ちの将棋は、平手とちがった独特のおもしろさがある。
上位者に教えてもらえるという下手側のメリットもさることながら、上手は上手で、
これを鍛える効力もあるのではないかということは、前回お伝えした通り。
駒落ちよりも平手で指したいという人は多いが、棋力に差があると中盤とかで大差がついてしまい、将棋で一番おもしろい終盤のスプリント勝負まで持っていけない、なんてことになりがち。
それはつまらないところもあるので、駒落ち将棋はもっと普及してもいいのではと思うんだけど、やっぱり「駒を減らす」というスケールダウン感がネックなのだろうか。
囲碁だと「置き石」という、下手側の戦力を増やす戦いになるわけだけど、将棋も逆に「飛車置き」「角置き」みたいな、パワーアップ系のハンディ戦があってもいいのかもしれない。
むこうが「六枚落ち」よりも、「飛車と金2枚セットもらい」で戦うとかの方が、特に子供はよろこんで飛びつきそうだ。
1982年に升田幸三九段と、小池重明アマ名人との間で角落ち戦が行われた。
小池重明といえば「伝説の真剣師」(真剣師とは【賭け将棋】で生計を立てるアマチュアのこと)で、リアル『カイジ』のような無頼派の天才。
独特すぎる勝負強さでプロを次々と破り、その中には現役A級棋士で、すぐに棋聖のタイトルを取ることになる森雞二八段の名前もあるというのだから、すさまじい。
そんな在野で最強の小池が、ついにアマ名人のタイトルを獲得し「無冠の帝王」を卒業。
しかも、大会前夜は一睡もせず飲み明かし、対局中には「眠気覚まし」と称して差し入れられた(渡す方もどうかしているが)ビールを飲むというムチャクチャさ。
酔っ払いが、相手の考慮時間中に寝ながら指して優勝というのだから、スゴイというか、開いた口がふさがらないというか。
しかも、優勝のご褒美である大山康晴十五世名人との角落ち記念対局も、前夜に泥酔してケンカし、留置場から対局場にかけつけるという有様。
やはりヒドイ二日酔の状態にもかかわらず、わずか消費時間29分で快勝してしまうのだから、ホンマにマンガの登場人物みたいな人である。
そんな小池には当然「プロ入り」の話も出るわけだが、小池の素行の悪さ(決して「悪人」ではないのだが)や組織の閉鎖性もあってプロ棋士も強く反対。
それだけでなく、小池自身が応援してくれた人々にも不義理をかますなどして、ついに実現しなかった。
ただ、私生活こそ大酒のみで、他人の金を持ち逃げして女と蒸発したりとロクなもんではないが(団鬼六先生の超オモシロ本『真剣師 小池重明』を読もう!)、それでも将棋だけはデタラメに強く、また妙に人に好かれる愛嬌もあってか、支援者も多くいた(たいていは裏切られたが)。
そしてついには、これまた伝説の棋士である升田幸三と対戦する機会を得たのだった。
むかえた、この局面。
角落ち戦の中盤だが、▲85歩と打って小池が好調に見える。
△94金と逃げるしかなさそうだが、▲86角とさばいて、後手(上手)の玉形がひどく振り飛車優勢。
さすがの升田幸三も、すでに引退の身とあっては小池にかなわぬかと思われたとき、鬼手が飛び出した。
△85同金と取るのが、小池の見落としていた手。
▲同銀は△87歩成で、歩切れの先手(下手)はこれ以上の攻めがない。
それは上手の思うつぼと、小池は▲74歩からあばれていくが、△76金、▲同飛、△87歩成、▲73歩成、△同金、▲84歩のタタキに、強く△同玉で升田必勝。
上手玉は危険きわまりないが、下手に歩がないのと、△87のと金の守備力もあって、すでに攻めは切れている。
完全に手の平の上で踊らされた小池は▲75金と打ち、△83玉に▲95角(!)の勝負手を放つ。
ハッとする手で、角をタダで捨てる代償に1歩を手に入れ食いつこうということだが、△同香、▲74歩、△63金、▲96歩にも△84銀で、やはり受け止められている。
▲同金、△同玉に▲75銀には△85玉(!)で、先手は指しようがない。
これぞ駒落ちの将棋というか、まさに上手が下手を「いなす」形で完勝。
小池も唖然としたろうが、それにも増してヒゲの大先生は上機嫌だったそうである。お強いですわ。
(晩年の小池と団鬼六の交流についてはこちら)
(升田の「自陣飛車」の絶妙手はこちら)
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