前回(→こちら)の続き。
「モテないわけではないのに、彼氏彼女がいない人」
というのは、その人の能力うんぬんではなく、
「好きになるタイプと、なられるタイプの不一致」
そこに原因があるのでは、という仮説を立ててみた。
逆にいうと、「モテる」「恋人が途切れない人」というのは、
「自分を好きにってくれる人」
「自分が口説きやすいタイプの異性」
これが一致している。
その点で言えば、「イケてる」にもかかわらず「モテモテ」にはならない、ミドウ君やレリコちゃんの場合は、ちょっともったいない気がしないでもない。
これに関しては、本人も周囲も「なんで?」となって、いまひとつ理由がわかってないことも多い。
そりゃまあ、彼ら彼女らは
「自分を気に入ってくれる人を好きにならない」
というだけで、別に悪気も落ち度もない。
あまつさえ「えり好み」とか言われて、でも、そういうわけでもないんである。
よく見ると、こういった「すれ違い」は、まま見かけるものだ。
A君はヤンキーのBさんに好きになられるけど、怖いからダメ。
そんなBさんを同じヤンキーのC君がホの字だけど、BさんはA君みたいなやさしい子がいい。
そんなC君をじっと見つめる優等生のDさんだけど、C君はおとなしい女子は視界にも入らない。
そんな様子を、悲しそうに見るE君という男子がいて……。
嗚呼、こうして、だれも罪がないのに「一致」しないだけで、人はいくらでも、すれ違うことができる。
まさに、アルトゥール・シュニッツラーの名作戯曲『輪舞』ではないか。
だから私は思うのだ。「モテたい」ときには妥協も必要だと。
でもそれは
「モテないんだから下を見ろ」
ということではない。そこが本質ではない。
多くの人は別に「志望校を落とす」必要などないのだ。人間、10代の
「知性と経験値の少なさから、顔しか判断材料がない」
という頃でもない限り、そんな案外、高望みはしてないもんだ。
そもそも「下」を見るなんて発想が失礼だし、ぶっちゃけ下を見たからって即モテるわけでもない。
たぶん、やるべきことは「横への妥協」なのだ。
今まで気がつかなかった、気がついても興味がなかったり、苦手意識があったりした異性に目を向けてみる。
下ではなく、視点を今まで死角になっていた「横」にスライドさせてみる。
イケイケ女子が苦手だったミドウ君は、一度彼女らとデートしてみるべきだった。
そしたら、ダメはダメかもしれないけど、もしかしたら
「あれ? 苦手と思ってたけど、話してみたら……」
てなこともあったかもしれない。
人間、接してみたら意外と、なんてケースはいくらでもある。
レリコちゃんもそうだった。男は日本男児だけじゃない。
「引っ張ってくれない」男も「外国人」も、つきあってみたら、そこに「日本男児の心」があるかもしれない。
そこを深入りすることなく、なんとなくのイメージで判断するのは、もしかしたらチャンスを逃しているのかもしれない。
この話は、各所でするとけっこう
「あー、なるほど」
「わかる」
納得されることも多いので、それなりの説得力も、あるのではあるまいか。
まあ、これだと結論として
「モテてないのは、あんたが悪いわけやない」
となるから受け入れやすいってのも、あるかもしれないけど、それにしてもひとつの、突破口になるやもしれないではないか。
世の「なんでモテない」と首をかしげている諸君。もっと「横に妥協」してみてはどうだろう。
そしたら、少しは世界が、ちがって見えるかもしれないし、賛成意見もけっこういたりもするので、よかったら参考にしてみてください。
(続く→こちら)