つまり、升田幸三は偉大ということなのである。
ということで、前回まで地味ながら革命的な序盤戦術や、壮大なスケールで展開する「駅馬車定跡」など升田幸三の天才性を紹介したが(→こちら)、今回はちょっと余談。
将棋ファンなら記憶に新しいところだろうが、昨年度の升田幸三賞では藤井聡太七段が受賞したことが話題になった。
たしかに受賞した「△77同飛成」がすばらしい手であることは疑いないが、それが「升田幸三賞」というのは、ちょっと違和感があるのではないかと。
個人的な見解では将棋ブームの今、藤井聡太七段になんらかの賞をあたえることは「興行」としては正しいとは思うけど、それが「升田幸三賞」というのはかなり微妙な気はする。
「新手」「新戦法」「画期的構想」にあたえられるべき賞に「絶妙手」って、どうなんだろうと。
そもそもこれは以前、おそらくはその年がネタ切れだったのだろう、谷川浩司九段の「ふつうの絶妙手」(というのも変な表現だが)をねじこんだことから起こった混乱。
2003年度のA級順位戦。谷川浩司王位と島朗八段の一戦。
図から△77銀成(!)のタダ捨てが絶妙手。
▲同銀は△89飛成。▲同金は△38馬、▲同金、△88飛成で突破される。
本譜は▲同桂だが、△38馬、▲同金、△89飛、▲79銀打、△88飛行成、▲同金、△79飛成で見事に決まった。
だから、賞の定義を広く採っている人や、藤井聡太七段のファンからすれば、
「前例があるやん」
となるわけだが、でもこれってサッカーでたとえれば、
「トータル・フットボール」
「ゾーンプレス」
といった戦術にあたえられるべき賞に、
「メッシやクリスティアーノ・ロナウドのスーパーゴール」
を持ってきたようなもので、根本的にその思想が違うわけだ。
野球でいえば「セイバーメトリクス」と「イチローの芸術的センター前ヒット」のような、「線のすごさ」と「点のすごさ」の差異とでもいうのか。
だから、そこを「違うんでない?」と感じた将棋ファンも多かったんですね。
「どっちでもいいじゃん」という人もいるだろうけど、議論としては結構、ここ大事なところなんです。
しかも、受賞した谷川九段に、
「あれはわたしの妙手のベスト3にも入りません」
と言われた日には、なにをかいわんや。
たぶん谷川さんも、ピンときてなかったんだろうなあ、と。「自分は創造派でなく修正派」とも言ってるし。
このモヤモヤを解消するのは簡単で、「升田幸三賞」と並んで、そのシーズン一番の妙手にあたえる「名手賞」を作ればいいのだ。
名前はもちろん「谷川浩司賞」。
谷川さんが現役のうちは嫌がるかもしれないから(自分が受賞するかもしれませんしね)、暫定で「光速賞」とか、まあなんでもいい。
「名手賞」のアイデア自体はだれでも思いつくから、やってないのはなにか事情があるのかもしれないけど、あってもおかしくはないとは思う。
これだと、
「あれが升田幸三賞?」
というめんどくささもなくなるし、藤井聡太七段なら毎年のように受賞して話題をふりまいてくれそうだし、私もここであつかうネタがひとつ増えそうだし(笑)、いいことだらけのような気がするのだが、いかがなものでしょうか。
あと余談の余談で、升田幸三賞の選考過程を読むと、「ソフトの手を排除」という傾向があって、これもよくわからない。
これからの時代、ソフトの影響なしに新機軸を語るのは難しいだろうし、別にソフトが新手を出したら、それにあたえてなんの問題があるのだろう。
「そんなことをしたら、ソフトの受賞ばかりになってしまう」
とか危惧してるんだろうか。
だったら、そんなもん人間ががんばれよ! としか思わないよ。
ということで、個人的には升田幸三賞に「トマホーク」か「エルモ囲い」。
谷川浩司賞に「藤井聡太七段の△77同飛成」がいいなというのが、本日の結論です。
■おまけ
山岸浩史さんが『将棋世界』に連載していた「盤上のトリビア」によると、谷川浩司九段の自薦ベスト3は、
1位 「光って見えた」という対羽生戦の「△77桂」(→こちら)
2位 同じく対羽生戦の「△68銀」(→こちら)
3位 対戦相手も「神業的」と認める、対佐藤康光戦の「△95飛」(→こちら)