NHKにようこそ! 稲葉陽vs橋本崇載 2013年 第21期銀河戦 決勝

2021年03月25日 | 将棋・名局

 稲葉陽八段が、NHK杯で優勝した。

 稲葉といえば、これで3度目の決勝進出と、この棋戦との相性の良さを見せているが、まだ優勝には届いていない。

 2017年の第67回大会では山崎隆之八段に、また昨年度も深浦康市九段に敗れての準優勝。

 決勝まで行って、そこで負けてしまう徒労感は相当のものだろうに、3度目勝ち上がってくる精神力は、すばらしいものがある。

 今度こそ、と気合を入れていたことだろう、名人挑戦を決めて勢いに乗る、斎藤慎太郎八段に激戦の末勝利。

 

 

NHK杯決勝の最終盤。ここで△25銀と飛車を押さえておけば、斎藤の優勝はほぼ決まっていた。

本譜は△35銀だったため、▲33銀、△同桂、▲同歩成、△同金、▲同金、△同玉、▲43金から、稲葉が一瞬の切れ味を見せ、後手玉を仕留めた。

 

 

 ともかくも、双方スレスレの線を行く将棋であって、大いに堪能したものだった

 ということで、前回は名人時代に佐藤天彦九段が見せた、華麗な桂使いを紹介したが(→こちら)、今回は稲葉の将棋を取り上げてみたい。


 2013年の第21期銀河戦。

 決勝に勝ち上がってきたのは、橋本崇載八段と稲葉陽六段だった。

 両者とも棋戦初優勝がかかった一番は、後手になった橋本が、早々の角交換から、ダイレクト向飛車に振る。

 稲葉は銀冠で対抗し、▲66角と好所に据えて局面を動かしていくと、橋本もその角を目標に盛り上がっていく。

 むかえたこの局面。

 

 

 角銀交換で後手が駒得だが、△45の桂が取られそうなうえに、△33の金も玉から離れて使いにくい。

 先手は一目、▲45歩と桂を取りたいが、△55角と天王山に設置され、飛車を責められるのもやっかいだ。

 どう手を作るのか注目だが、ここから稲葉が、力強い駒の進撃を見せてくれる。

 

 

 

 

 

 ▲66銀と置いておくのが、なるほどという手。

 自陣にカナ駒を投入し、一見迫力なさげに見えるが、これが局面の急所を押さえ、含みが多い銀打なのだ。

 具体的には、△55角の筋を消しながら、いつでも▲45歩と取るぞとおどしをかけ、△57桂成から、△39角のような攻めも緩和している。

 ボヤボヤしてれば▲75銀から▲85歩と、玉頭戦から一気にラッシュで、そうなれば、後手の2枚の角がうまく機能しない可能性もある。

 接近戦は大駒よりも、金銀タックルの方が、パワーで勝るのである。

 橋本は△44金と、懸案の金を活用してくるが、稲葉は▲45歩と取って、△同金に、▲85歩、△同歩と急所の突き捨てを入れてから、▲48飛と味よく活用。

 

 

 

 形勢はまだむずかしそうだが、手の勢いは先手にありそう。

 橋本も△86歩、▲同銀、△87歩と、これまた筋中の筋で応戦するが、どうもこのあたりから稲葉がリードを奪いつつあったようだ。

 むかえた最終盤。

 

 

 

 橋本が、ふたたび△86歩と、銀冠の最急所に一発入れているところ。

 先手が一手勝てそうだが、△69角という手には、気をつけなければならない。

 なら、自陣のスキを作らない、▲86同銀引が冷静な手に見えるが、攻め駒が後退するのもシャクではある。

 鋭さが売りの稲葉は、果敢に踏みこんでいく。

 

 

 

 

 

 ▲84歩が、なにも恐れない勇者の一撃。

 △87歩成とボロっと取られるだけでなく、先手玉も危険地帯に引きずり出されて、怖すぎるところだが、稲葉はすべて読み切っていた。

 まるで谷川浩司九段による「光速の寄せ」のごとしだが、事実、稲葉の終盤力は、

 「谷川型エンジン搭載」

 と絶賛されているのだ。

 ▲84歩に△73金▲74桂で詰まされる。追いつめられた橋本は、△87歩成、▲同玉に△76銀(!)と捨駒。

 

 

 

 ▲同玉に、またも△85銀(!)と捨て、トドメに△74金打(!)。

 

 

 

 なりふりかまわぬ犠打の嵐で、なんとかしがみついていく。

 詰みはないが、30秒将棋では「まさか」ということもあるし、なんとか王手しながら敵のカナメ駒を除去していくのは、玉頭戦の手筋でもある。

 ただ、ここはさすがに、駒を使いすぎてしまっている。

 手に乗って敵陣にトライした先手玉をつかまえるには、もはや橋本に戦力は残っていなかった。

 

 

 最後は最果ての▲31まで逃げて、橋本の猛追を振り切った。

 勝ちはその前から読み切っていただろうが、ここまで追われては、さすがの稲葉も、投げてくれるまでブルブルだったことだろう。
 
 難敵を下し、見事に稲葉陽が、全棋士参加棋戦での優勝を飾ったのであった。

 

 
 (西山朋佳と里見香奈の熱戦編に続く→こちら) 
 


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