伊藤沙恵女流名人が誕生した。
これまで8度、タイトルに挑戦しながら、いずれも惜しいところで敗れてきた伊藤だったが、9度目の挑戦にして、宿敵である里見香奈に3勝1敗で勝利。
ついに、念願の初タイトル獲得に成功したのだった。
その独特が過ぎる将棋に惚れ、さえぴーファンを公言する私としては、とてもよろこばしい結果。
またそうでなくとも、実力のある者が、それに見合う対価を得ていないというのは、なんとなくモヤモヤするもので(だから稲葉陽も早くタイトルを取るのがいいぞ)、その意味でも、よかったんではないかと。
まあ、私は里見ファンでもあるというか、西山朋佳さんとか、加藤桃子さんとか。
今、第一線で活躍している女流トップはだいたい応援してるので、だれが勝っても、うれしさと複雑さが同居してしまうのだが、今回ばかりは
「さえぴーに勝たせてあげて!」
判官びいきバリバリでした(里見さんゴメンね)。
実を言えば、シリーズ開幕前、さえぴーの名局を紹介して(→こちら)、「今回こそ」と気合も入れた私は、もしこの度、見事に女流名人を取ることができたなら、彼女の将棋を紹介しようと、温めていた一局があった。
そこで今回は、それを見ていただきたい。
そのため、観戦記の載っている『将棋世界』もちゃんと買い直してきたくらいだから、我ながらファンの鏡であるなあ。
2017年の第28期女流王位戦。
里見香奈女流王位と、伊藤沙恵女流三段の5番勝負は大激戦となった。
おたがいに先手番を取り合って、里見の2勝1敗でむかえた第4局。
カド番の伊藤だが、臆することなく自分の個性をつらぬく将棋で、序盤からおもしろい展開になっていく。
駒組の段階から、3筋に勢力を築こうとした里見に対して、▲26銀とぶつけていくのが伊藤流の将棋。
ふつうなら、攻めの銀と守りの銀の交換は、攻撃側が得としたものだが、この場合は後手の△36歩を伸び切っているととらえ、それを負担にさせようという意図。
また、△34に浮いている飛車も、先手の金銀に近くてアタリが強く、それはしばらく進んだこの図を見れば、伝わってくる。
▲37歩と合わせるのが、力強い手。
△同歩成なら、▲同金上として、そのままカナ駒のタックルで攻め駒を責めまくろうと。
「相手の攻撃陣を金銀で押し込み、グシャッとつぶれるのが快感」
という、ほんわかした雰囲気に似合わぬ、Sっ気丸出しの棋風が、早くも垣間見えるところである。
このまま挽肉にされてはかなわんと、里見は△13角と活用し、▲36銀に△46銀と切りこむが、そこで▲58玉が、またも伊藤流の玉さばき。
「出雲のイナズマ」のアタックを、眉間で受けようというのだから、なんとも根性のすわった話ではないか。
なんだか、木村一基九段とか、山崎隆之八段の陣形みたいだが、そう考えると、さえぴーの将棋はもっと人気が出る余地はある。
ここからは中盤のねじり合いタイムで、△45歩、▲48金引、△42金、▲65歩と、押したり引いたりがはじまる。
里見の攻め方がうまく、伊藤も苦しいと見ていたが、駒損を恐れない踏みこみの良さなども発揮し、簡単にはくずれない。
図は後手が、△36歩と取りこんだところだが、これが里見の悔やんだ手。
歩を補充しながら、△26角の突破を見た手で、むしろ好手に見えるが、次の手を軽視していた。
▲64歩と突くのが、ぜひ指に、おぼえさせておきたい、味の良い突き出し。
△同歩は飛車の横利きが止まり、▲84歩の攻めをふくみに▲36金と取っておいて、これは先手も充分。
実戦は思い切って△64同角と取り、▲84歩、△同歩、▲64銀に△同飛と▲67の地点をねらって転換するが、そこで▲65歩、△同飛、▲56角が、強烈な切り返し。
飛車取りの先手で、▲67の地点もカバーしつつ、8筋への攻めにも利いている。
△64飛と逃げるが、▲75銀とさらにカブせ、飛車を逃げ回っているようだと、▲84銀と、今度は玉頭からブルドーザーが押し寄せ受けがない。
このあたり、まだむずかしいながら、
伊藤「ここでは盛り返したはず」
里見「自信がなくなった」
流れが変わったことに対しては、両者の見解が一致。
そこから、5筋、6筋で駒が交錯して、この局面。
先手陣もうすいが、後手玉も▲83歩のタタキがあって、相当に危ない形。
攻めるか、それとも一回受けに回るか。
悩ましいところだが、ここで伊藤が選んだ手順が、その後の波乱を呼ぶことになるのである。
(続く→こちら)