「銀が泣いている」からの平手戦 阪田三吉vs関根金次郎 大正2年(1913年) 阪田七段歓迎会

2022年02月22日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 「あ、これって【銀が泣いている】の続きやん!」

 昨年の年末、実家の押し入れをあさっていて、思わずそんな声が出た。

 先日、ここで阪田三吉七段関根金次郎八段の熱戦を紹介したが(→こちら)、それは真部一男九段の『将棋論考』という記事のスクラップを元にしたものであった。

 そのとき他のスクラップ記事も、あとでネタにできそうだと、せっせとスキャンしておいたんだけど、そこにある棋譜の解説が目に留まったのだ。

 それが、やはり『将棋世界』に連載していた河口俊彦八段の『評伝 木村義雄』という記事で、そこに

 

 「阪田と関根の対決」

 

 という文字があり、まさに「銀が泣いている」の一局。

 さらにもうひとつ、阪田が勝ったことによって実現した「平手戦」のことが取り上げられていたのだ。

 うわあ、こんなんあったんや!

 おどろいて、さっそく並べてみたのだが、これがなかなかおもしろかったので、急遽取り上げてみたい。

 阪田にとっては納得いかない「香落ち下手」を勝ち、とうとう互角の「平手戦」。

 これに勝てば、ついに「関根越え」を果たし、「次期名人」に堂々と名乗り出る資格を得ることになる。

 河口老師の言葉を借りれば、まさに「夢の実現」であり、名人位をかけた血戦は、「銀が泣いている」香落ち戦の10日後、名古屋で行われた。

 ただこれが、並べて見ると、老師も書いているように、阪田の指し手がぎこちない。

 


 図の▲37歩と打った手など、いかにもおかしいではないか。

 3筋の歩は阪田が自ら▲35歩、△同歩、▲同銀と交換したところ。

 そこを△36歩と、タラされたところを▲37歩と合わせていくなど、なにか手の流れが変であり、ここは、さすがの阪田もプレッシャーがあったか。

 一方の関根も、負けるわけにはいかないのは同じだが、こちらは落ち着いた指しまわしを披露。

 

 図は阪田が▲65金打としたところ。

 先手は駒損な上に、玉頭にも手がついて、あせらされているところ。

 ただ、後手は居玉だし、飛車が逃げてくれるようなら、▲75金とはずして、これは先手の厚みが大きそう。

 もちろん、関根がそんなヘボい手を指すはずがない。

 大駒が向かい合った、いかにもワザがかかりそうなところで、関根の強打が飛び出す。

 

 

 

 

 △46角と放つのが、痛烈な一打。

 ▲同金△58飛成

 ▲57歩の合駒は△56飛と取られて、▲同歩とできない。

 ▲68銀と受けるのも、△47角から攻め合われて、▲54金△58角成で先手陣は持たない。

 阪田は▲88玉と逃げ込むが、△86歩▲54金△79銀が、また急所の一撃。

 

 

 ▲同金△87歩成から、△79角成で必至。

 ▲98玉とよろけるしかないが、△87歩成、▲同金、△86歩で、きれいな寄り形。

 


 
 これにて関根の必勝態勢だが、負けるわけにはいかないのは、阪田も同じで、△86歩に▲同金と取り払い、△同銀に▲52銀の王手。

 一見、タダ捨てのようだが、△同玉に▲82飛王手銀取りで、決死の反撃。

 

 

 

 図は関根が、飛車打ちに△62銀と合駒したところだが、ここで▲86飛成と取るようでは、後手玉が安全なまま、手番を渡してしまって勝ち目がない。

 ▲53歩と打っても、△41玉本譜で関根が指したように△61玉もある)、▲81飛成△51歩で詰みはない。

 なら、ここで終わりかと言えば、そこは千両役者の阪田三吉ということで、ギョッとする手をひねりだしてくるのだ。

 

 

 

 

 

 ▲53金(!)の突進が、入魂の一手。

 ▲52銀に続いて、今度はタダ捨てだが、△同玉に、▲46金と取って、後手玉はにわかに危険な形に。

 

 

 

 このあたり、勝負手の連打はすごい迫力で、さすがは「棋神」阪田三吉である。

 △54歩などと平凡に受けると、▲45桂から▲86飛成で、今度こそ逆転模様だが、関根はしっかりと読み切っていた。

 

 

 

 △54角が、きれいな返し技。

 これが逆王手になっていて、受けても△87銀打で詰みだから、指しようがない。

 阪田は▲54同飛と切り飛ばし、△同玉に▲76角からせまっていくが、関根は乱れず、そのまま勝ち切った。

 両者互角(正確には「阪田が先手」戦だが)の「平手戦」は、阪田の執念を、関根の冷静な指しまわしが上回った格好となった(棋譜は→こちらから)。

 これで、またも「香落ち下手」に押し戻された阪田だが、この将棋は意地を見せ、238手、実に29時間にもわたる熱戦の末に制して、ゆずらない。

 再度の平手戦は、先手阪田の「袖飛車」からはじまった。

 「関根やや良し」から、阪田も猛攻をかけ、ついには逆転

 最後も、「固い、攻めてる、切れない」という現代将棋風の終盤術を活用し、押し切って快勝

 ついには宿敵相手に後手番を持つことになり、関根の上位に立つ。

 

図の▲74桂が、飛車取りと同時に角を封じこめる決め手。

以下、△42飛、▲44歩、△同金、▲同金、△同飛に▲56金が、角を無効化させた効果の気持ち良いさばきで阪田の勝ち。

 

 

 ただ、関根も並ではなく、この大ピンチの「先手番」を踏んばって、またも押し返した。まさに、シーソーゲーム。

 負ければ、「香落ち上手」からはじまったのに、ついには自分が「香を落とされる」という、とんでもない屈辱を味わされることになり、

 「どの口が、名人なりたいとか言うとるねん」

 宿願であった「十三世名人」への願いなど、木っ端みじんに打ち砕かれてしまうこととなる。

 

勝てば「上手」になる阪田は金を僻地に使って押さえこみに行く曲線的な指しまわしを見せるが、関根は冷静に対応してピンチをしのぐ。

 

 

 そこを負けなかった関根も、これはもう、たいした精神力としか言いようがない。

 なんかもう、どっちも「すげーなー」と。

 昔も今も、勝負将棋は胸が躍るというのは、時代を問わないようであるなあ。熱いぜ。

 

 (伊藤沙恵と里見香奈の激闘編に続く→こちら

 (阪田と関根の「角落ち」戦は→こちら

 


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