「変な人は論理的である」
というと、たいていの人は
「えー、そんなことないよ。変な人は考え方が論理的じゃないから変なんでしょ」
そう返してくるものだが、これがそうではない。
そこで前回(→こちら)は、中島らもさん書くところの
「論理的帰結により髪型を《ザビエル》にしたサラリーマン」
を紹介したが、今回は論理的思考といえばこの職業であろう、将棋のプロ棋士から。
森下卓九段は、典型的な「マジメすぎて変」な人である。
A級10期、タイトル戦登場6回、棋戦優勝8回という、押しも押されぬ一流棋士である森下先生だが、一緒にお酒を飲んだ女の子に、後日丁寧なお礼状とともに
「一歩千金」
と揮毫した色紙を送ったなど、この手のシビれるエピソードに事欠かない。
中でも最も奇抜なエピソードといえばやはり「森下全裸トマト事件」。
森下九段の好物はトマトである。
それもサラダにしたり、塩や砂糖をつけたりなどという軟弱な食し方ではない。九州男児の森下九段は、腰に手を当ててそのまま丸かぶりが好みだ。
が、そんな豪快な先生だが、ここにひとつ悩みがあった。
それは、トマトの汁である。
がぶりとトマトに食らいつく。とすると、かじり口から、トマトの赤い汁が種とともに飛び散って服を汚すのである。
キレイ好きの森下先生には、これが悲しい。
ここで長考に沈んだ。トマトは食べたい。しかし、服が汚れるのはイヤだ。どうすればいいのか。
そこで好手が思い浮かんだ。
トマトを食べると、汁で服がよごれる。とすれば最初から服など着なければいいのではないか!
これぞ逆転の発想、コロンブスの卵。
たしかにそうすれば、服はよごれない。さっそく先生、トマトを冷蔵庫から取り出すと、着ている服を脱ぎ払って全裸になった。
準備完了。さあ、いざこの赤い果肉を丸かぶらん!
と、大きく頭を振りかぶったところで、再びあることに気がついた。
このまま食いついても、たしかに服は汚れることはないだろう。
だがしかし、汁は服の代わり今度は床に飛び散り、部屋に敷き詰めたじゅうたんをよごしてしまうではないか!
キレイ好きの森下先生、これが悲しい。
ここで長考に沈んだ。トマトは食べたい。でも床をよごすのはイヤだ。どうすればいいのか。
そこで好手が思い浮かんだ。
トマトを食べると床がよごれる。とすれば、最初から床がよごれてもいい場所で食べればいいではないか!
なるほど、これぞユリイカ、コペルニクス的転回。では下がよごれてもいい場所とはどこか。トマト片手に先生は走った。
そこは風呂場だ。
浴室なら、汁が飛び散って体や床を汚したところで、シャワーでしゃーっとすすいでしまえばいいことだ。
さすが天才は発想が違う、いろんな意味で。
かくして、森下卓九段は服も床もよごすことなく、トマトの丸かじりを大いに堪能した。
このエピソードのすごいところは、森下九段の思考が、徹頭徹尾論理的であるということ。
「キレイ好きが、トマトを丸かじりするにはどうすればいいか」
という命題に、ほぼ最適解に近いものをみちびき出している。
で、その結果あらわれたのが、
「浴室で全裸になって、腰に手を当てトマトを丸かじりする男」
もう、森下先生ったら変な人!
(空手番長編に続く→こちら)