「変な人は論理的である」。
というと、たいていの人は
「えー、そんなことないよ。変な人は考え方が論理的じゃないから変なんでしょ」
そう返してくるものだが、これがそうではない。
そこで前回(→こちら)は、「論理的帰結により、浴室で全裸になってトマトを食べる将棋のプロ棋士」を紹介したが、今回は強豪ひしめく我が友の話。
「悪いけど、金貸してくれへんか」。
そういって友人タカヤス君が我が家をたずねてきたのは、まだ学生時代のことであった。
突然の借金の申しこみであったが、事情はすぐに理解できた。
タカヤス君は当時、ある夢があったのだが、そんな若気の至り的時代の御多分にもれず両親が
「そんなもんでメシが食えるか」
と猛反対。そこで大げんかになり、家を飛び出していたころだったのだ。
だが、いざ家出はしてはみたものの、当座住むところがない。
しばらくは友人の家など転々としていたが、いつまでもというわけにもいかない。
なので24時間営業のファミレスなどで夜を明かしていたが、
「ボロ屋でもええから、なんとか屋根のあることろ探さんとなあ」
会うたびにぼやいていたのだ。
おそらくそのことであろう。アパートを借りたりするとなると、そのころだと、敷金などで10万から20万くらいかかってしまう。
徒手空拳のタカヤス君に、そんなお金があるはずもない。そのための資金繰りではなかろうか。
友は芸術家タイプの人間に多い、プライドの高い男である。
そんな男が、頭を下げて、しかも数ある友たちの中から、あえて私を選び、助けを求めてきたのだ。
ここで立ち上がらなくては私の中の大和魂は死ぬ。まかせろ。こっちも大した持ち合わせがあるわけではないが、他の友人たちにカンパを募れば、安アパートくらいなら借りられるのではないか。
そこで「で、とりあえずいくらくらいいるの?」とたずねると、タカヤス君はこう言い放ったのである
「8000円くらいかな」。
8000円? 8万円の聞き違いかと思ったが、もう一度訊くとたしかに8000円だという。
8000円なんかでは、どんなボロアパートでも1月の家賃にもならない。
その金でなにをするのかと問うならば彼は笑顔で、
「あのな、空手習おうか思ってるねん」。
ふたたび、はあ? である。なんで空手なのかといえばその理由というのは
「アパート借りたらお金かかるやろ。その金貯めるのに時間もかかるし。だからアパートはあきらめて、かわりに空手を習って心身を鍛えて、
『屋根なんぞなくても、野宿で充分』
って思えるような強靱な精神力を身につけた方が早いやん」。
これには思わずうならされた。
屋根がなければ、屋根なんぞいらんという境地に達すればいい。
まさに逆転の発想だ。たしかに、それでいいなら問題は解決どころか、未来永劫われわれの生活費を侵食する「家賃」なるものに悩まされずにすむ。むしろ「勝ち組」の生活と言えそうだ。
人に必要なのは「衣食住」だが、「それは本当に要るのか?」と固定概念をはずしてみれば、人の思考はこんなにも自由になれる。
なにがどうということはないが、たしかに「論理的には間違っていない」気はする。
なるほどなあ。ようそんなこと思いつくなあと、彼に道場の入会費3000円と、1ヶ月の授業料5000円、計8000円なりを手渡しながら感心したものだ。
友はその常人離れしたセンスから「天才タカヤス」の名を欲しいままにしていたが、まさにその面目躍如ともいえるエピソードであった。
ちなみに、その後彼は
「空手でそこまで行くには10年はかかる。マジメに働いた方が早い」
との結論に達し、アパートを借りるため、せっせとバイトにはげむというオチもつくのだが、結果はともかく『寄生獣』とともに、
「変な人は案外と論理的かもしれない」
という発想を持つに至った、最初のエピソードであった。
(オランダのマリファナと売春編に続く→こちら)