角の妙手というのは、カッコイイものである。
射程距離が長い駒なので、「遠見の角」や「攻防の角」といった使い方ができると、実に気持ちがいいものなのだ。
2018年竜王戦で羽生善治竜王が広瀬章人八段に放った「遠見の角」。
飛車の利きをさえぎるし、「天野宗歩」のイメージでつい▲18から打ってしまいそうだが、相手の応対によっては▲16角とシフトチェンジできるところが、羽生の発想のやわらかさ。
とはいっても、われわれのような素人には、馬ならまだしも生角をうまく活用するなど、なかなかうまくはいかないもので、やはりこういうのは、強い人の将棋から学びたいもの。
前回は、中原誠名人が見せた、名人戦史上に残るかというウッカリを紹介したが(→こちら)、今回は羽生善治九段の見せた角の名手を見ていただきたい。
2012年の第71期A級順位戦。
羽生善治三冠と佐藤康光王将の一戦。
佐藤のゴキゲン中飛車に、羽生が星野良生四段発案の超速▲46銀で対抗し、序盤から斬り合う激しい変化に突入。
飛角金銀桂香のすべてが乱舞する大激戦になり、むかえた最終盤。
先手玉も相当せまられているが、まだ後手に金銀がないため、いきなりの詰みはない。
一方の後手玉もまだ詰めろになってないが、次に▲63歩とたたかれたりすると、もう手番が回ってこない。
なので、この一瞬に、なんとか先手玉を受けなしに追いこみたいのだが、自然な△67と、は▲79香との交換が得になるかどうかは微妙。
超難解な戦いだが、ここからの数手は力が入っている。
△77角、▲98玉、△88角打。
すごい形で、いかなカナ駒がないとはいえ「玉の腹から銀を打て」ならぬ「腹角」の二枚重ねは、なかなか見ないのではあるまいか。
それに対する羽生の受けも、また根性入っている。
▲89飛。
先手の自陣飛車も、この局面になれば打つしかないが、それでも「こんにゃろ!」とでも言いたげな気合を感じる一手だ。
接近戦で、大駒が頭突きをかまし合う珍型だが、熱戦とはこういうのを言うのであろう。
足が止まったらお終いの後手は、なんとか攻めを継続したいが、△68歩は▲78金で、金を守りに使われてしまう。
後手もヌルい手だと、なにかのときに先手から▲57歩と取るのが、攻め駒を除去しながら飛車の横利きを通す、ピッタリの受けになるかもしれず、そこも気をつけないといけないのだ。
そこで佐藤は△68と、とすりこむが、アッサリ▲同金と取って、△同角成に▲88飛。
△78金と打つのも、部分的にはきびしいが▲同飛に△同馬。
次に△88飛の1手詰め。
一見、先手玉に受けがむずかしそうだが、ここで作ったようにきれいな手がある。
▲44角と打つのが、まさに攻防の名角。
△88飛の詰みを消しながら、▲62角成、△同銀、▲61銀からの詰みを見た、見事な「詰めろのがれの詰めろ」。
△88飛、▲同角、△77桂成という緊急避難のような手も、▲同角、△同馬が一手スキでないので▲63歩で負け。
▲44角に佐藤も、△82玉と執念を見せるが、▲84香、△72金、▲63金と羽生が押しつぶした(棋譜はこちら)。
この勝利で羽生は、当時なんと順位戦20連勝(おいおい……)。
それもAクラスでのそれだから、ちょっと信じられない数字である。
その後、次の高橋道雄九段戦にも勝利して、連勝を21まで伸ばし、この年の名人戦挑戦権も獲得したのであった。
(「中原誠名人」誕生編に続く→こちら)