形のきれいな将棋を観ると、とてもさわやかな気分になれる。
将棋というのは、観るだけなら悪手や疑問手の多い泥仕合のほうが盛り上がったりするが、学術的興味や、自身の上達のためには、やはり本筋の多い好局を観戦するのがいい。
前回は大山康晴十五世名人が、めずらしい横歩取りの将棋で見せた受けの妙技を紹介したが(→こちら)、今回はさわやかな「さばき」を見ていただきたい。
2009年の銀河戦。
羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)と谷川浩司九段の平成ゴールデンカードから。
羽生が当時、後手番の有力策とされていた4手目に△33角とあがる形を採用し(▲76歩、△34歩、▲26歩に△33角)、角交換振り飛車に。
図は先手の谷川が、飛車先の歩を交換したところ。
後手は桂頭がうすく、▲34歩をねらわれているが、ここで振り飛車党なら一目こうやりたいという手がある。
△55歩と突き捨てるのが、こういった際の筋。
▲同銀は角道がとまって重く、△45桂と跳ねられる筋も出てくる。
▲同歩も△23歩、▲28飛に△44歩とでも突かれると、△45桂から△56歩という攻めがいやらしい。
そこで▲同角と取るが、△23歩と一回打って、▲28飛に△54飛が、これまた、いかにも振り飛車の極意。
軽いさばきを好む振り飛車党なら、自然とここに指が行くようにしたいもの。
以下、▲68銀に△34飛と、自在な動きで好位置に据える。
こういう流れが見えるようになると、飛車を振るのが、楽しくて仕方なくなるだろう。
以下、谷川も2筋や3筋だけでなく玉頭もからめ、きれいな攻め筋を見せるが、羽生もそれにのって、うまく駒をさばいていく。
テニスのロジャー・フェデラーのような、
「史上最強のオールラウンダー」
と呼ばれる羽生善治は、どんな戦型でも指しこなすが、スペシャリストである藤井猛九段も舌を巻くよう振り飛車も絶品。
対局者名をかくして見れば、「さばきのアーティスト」こと、久保利明九段の将棋と言われても納得してしまいそうだ。
その後も、そのまま手筋講座の教材に使いたいような将棋が展開され、むかえた最終盤。
▲64歩も、これがなにげに一手スキになるきびしい一撃だが、ここで後手に決め手がある。
△87角、▲88玉、△96角成が美しい寄せ。
この角成は▲72馬、△同銀、▲74桂。
あるいは▲72馬に、△同玉には▲63歩成という詰み筋も消す(どちらも△同馬と取れる)、攻防兼備の作ったような「詰めろのがれの詰めろ」。
▲同香に△87飛と打って、先手玉は即詰み。
最後まで目にやさしい、さわやかな好局でした。
(「受ける青春」中村修の大トン死編に続く→こちら)