振り飛車というのは魅力のある戦法である。
プロの世界では、なかなか王道になりきれない歴史こそあるが、アマチュアのファンには昔から大人気。
相掛かりや角換わり腰掛け銀など、鼻息プーで吹き飛ばせるほど愛されているのだ。
そこで前回は「ミスター四間飛車」こと森安秀光九段のありえない鬼手を紹介したが(→こちら)、今回も振り飛車の熱戦を。
2017年の叡王戦、四段予選。
藤井聡太四段と杉本和陽四段の一戦は、期待にたがわぬ熱局となった。
終盤のデッドヒートもおもしろかったが、私が目を引かれたのは、杉本の中盤戦での指しまわし。
話題の天才相手に、いかにも振り飛車党らしい粘っこい手を連発し、最後には勝ち筋さえあったほど苦しめた。
特に印象的だったのはこの場面。
飛車を成りこんだ手がきびしく、先手はその前に▲44歩と突く軽妙手を披露し、△43の地点を開けてあるのが自慢。
いつでも▲43角と打つ筋が激痛で、ふつうの手ではもちそうにないが、ここでの杉本の一手が実にしぶとい。
そう、振り飛車党ならやはり、ここに手が行きたいもの。
△72銀打が、ただではやられないという、ねばり強い手。
形は△51歩の底歩だが、△11の香を取られる形なので、「底歩には香車」が相性バツグンとなってしまい、後手に苦労が多い形。
もちろん、単に△72銀は薄すぎて、それこそいきなり▲43角もありそう。
ここは、あと100手は行くつもりで、ガキンと銀を打つ一手なのだ。
こういう形は端攻めされると、△71が詰まって逃げられないことがあるけど、先手が端歩を突いていないから、その心配がないのもポイント。
これがいい補強で、まだまだ勝負できる。
以下、藤井聡太も▲43角とかまわず行くが、△51飛とぶつけるのが形で、一撃では決まらない。
▲同竜、△同金、▲21飛に△31歩と打つのも、おぼえておきたい小技。
▲同飛成はもちろん、△42銀で飛角両取り。
将棋の強い人は、こういう局面を持ちこたえるのが、本当にうまくて感心する。
以下、▲65角成も△55角を消しながら手厚い好手だが、対する△56歩が、これまたいかにも参考にしたい軽い手筋。
▲同歩は△57歩のたたきが、△45桂の「天使の跳躍」もあってイヤらしい。
「振り飛車は左桂が命」
たしか鈴木大介九段の言葉だったと思うが、まさにその通りなのだ。
▲同馬には△12角と打って▲同馬、△同香で馬を除去し、ついでに取られそうな香も逃げて、まーしつこいのなんの。
杉本和陽の指しまわしが、冴えてますねえ。
振り飛車のいいところは、こういう「なんやかやで持ちこたえる」形を作りやすいこと。
振り飛車党の大御所である藤井猛九段がよく、
相居飛車は攻め合いになって、そうなると、ねばれないでしょ。
その点、振り飛車は攻めこまれても、美濃とか銀冠は固いし、▲59とかに底歩打って、もうひとがんばりできるのがいい。
といったようなことをおっしゃっていて、それは振り飛車党の総意だろう。
じっと△72銀打から△56歩までの流れ。
振り飛車の持つ耐久力の象徴のような手ではありませんか。
(島朗と羽生善治の竜王戦編に続く→こちら)