映画スクリーン探求熱が冷めてません。
他の映画だと「爆音」に惹かれないのですが、それは通常「音」より「映像」派なんだと思います。
でもこの映画に限っては演奏部分がリアルフレディの歌声とあって「音」も漏らさず聞きたいということでこのようなことに。
立川シネマシティの極上音響はオーケストラさながらに厚みのある演奏が楽しめました。そしたら有名な新宿ピカデリーの爆音上映なるものにも「ボヘミアン・ラプソディ」がラインアップされました。
実は映画に詳しい信頼できる方に「新宿はダメなんですよ」と言うご意見は伺ったことがあるのですが、何事も体験主義の私めは試したくなったのです。
しかもね、「映画祭」と名がついてるので、という理由で私は勝手に「応援上映」かと勘違いしてたんです。一緒に歌ったり拍手したり声援をかけたら暑くなるんじゃないか、喉がかわくんじゃないかと心配してたんですが、
爆音と応援は全く別ものでした・・・喉、大丈夫でした。
スクリーンの左右と正面にババンっ!とスピーカーが重なっていて気分も盛り上がります。VOXという文字はないですけれど。
では結論から申し上げますと、
新宿ピカデリーでは楽器の演奏よりもセリフがよく聞こえました!!
猫ゴロゴロも大音響でした!
これはこれで嬉しかったです。他の上映でモニョってた英語文も耳に入ってきて嬉しくなりました。英語って不思議とちゃんと聞こえると意味もピンとくるので会話を堪能できました。
ですので会話を楽しみたい映画が爆音上映されたら行く価値あり!です。
ところで内容の感想も少し書きますが、
今までも感じてはいましたが、今回しみじみと思ったのは、フレディの孤独が人気者ゆえ有名人ゆえの部分が大きいなあ・・・と思ったことでした。
バンドとメアリーのことを一番信頼していたのは、彼らが有名でなくてもフレディを信頼して認めていたからだろうなあと。
それってとっても悲しいけれど、いったん有名になってしまったら、どんなに直接出会って個人的に愛してもスターとしてのフレディをなかったことにするのは無理じゃないですか。
例えば私もフレディのことが大好きでも、それはミュージシャンだから知りえたわけで、音楽だけじゃなくてチャーミングな内面とか諸々ひっくるめて好きでも「スターのフレディを好き」は否定できないわけです。
だからポール・プレンターは彼なりにフレディのことを本当に好きだったと思うし、だからこそロジャーを始めとするバンドメンバーと衝突したのだろうし、でもポールは最後の最後ではフレディのために働く人で、バンドが売れる前はまだ生意気なクイーンでもマネジメント側も制することができたけど売れてしまったら立場が逆転じゃないですか。
ポールはいつもフレディのご機嫌をとる動きしか取れないのはそういう仕事上の立場があったから仕方ないけど、彼だってやはりフレディを愛してたと思います。
だからジム・ハットンと最後まで関係を維持できたのも、ジムが出会う前にロックのこともフレディのこともまったく知らなかったからじゃないかな、とふと思ったのです。それならスターのフレディは彼の目に見えてなかったから。
東京のスクリーンにだいぶ詳しくなってきたぞ、と思ってたらお台場の方に「スクリーンX」なる左右の壁もスクリーンになるハコがあるそうですね。ライブシーンは臨場感がすごいそうで。世界は広いなあああああ・・・・・