近頃、書こうかな、とウズウズしていたことがあります。
それが、「ATSUKI ONISHI」のこと。
ポスター
ところでアツキオオニシと言ってもご存知ない方々も多いでしょう。
今の「森ガール」の大先輩=80年代の「オリーブ少女」に大人気だった
デザイナー・ブランドです。
私がデザイナー・大西厚樹さんのスタッフとして働いていたのは、
1990~1999年のどっぷり90年代のことです。
その前に数年ショップ・スタッフとして働いていまして、
お仕事を辞めてロンドンに住んでいた1989~1990年に、
やはりロンドンに滞在していた大西さんと会って
まだ出戻ってしまい、合計約15年も勤めていたことになります!?
私が大西さんのもとを離れてからも、
大西さんはデザイン活動を1年くらいされていたのですが、
2002年か2003年・・・
ああ、すみません、記憶がどうしてもハッキリしないけど、
もと上司から「大西さんが亡くなった」というお知らせが
またロンドンに住んでいた私に届きました。
(なんか、重要なことはいつもロンドンで・・・)
大西さんのこと、ネットで探しても
なにせ活躍していた時代には、ネットは存在していませんでしたし、
亡くなったニュースは公式発表されていませんので、
彼については生存すら謎のままとなっているのが現状のようです。
その後も、いくつかのライセンス商品=
バッグ、ハンカチ、寝具などが生産/販売し続けられているようですが
今現在、フォーマル・ウエアが展開されていることは確かなようです。
公式HPよりブランドイメージ
「アツキオオニシ ノワール」がブランド名。
こちらのロゴは、私が働いていた時代と同じものに、「NOIR」がついています。
こちらのフォーマルブランドは、現在進行形ですから、
きょう見つけた時は、
1999年以来、いきなりタイム・スリップ、雪崩のようなショックでした。
いえ、調べてない私がいけないんですけど、
なにせ情報がほとんどない・・・伝わって来ない現状ですので、
じゃあ、私が、15年くらいおつき合いのあった私めが、
大西さんのことを細々と書いても、罰が当たらないかな・・・??
と思ったしだいです。
それが、「ATSUKI ONISHI」のこと。
ポスター
ところでアツキオオニシと言ってもご存知ない方々も多いでしょう。
今の「森ガール」の大先輩=80年代の「オリーブ少女」に大人気だった
デザイナー・ブランドです。
私がデザイナー・大西厚樹さんのスタッフとして働いていたのは、
1990~1999年のどっぷり90年代のことです。
その前に数年ショップ・スタッフとして働いていまして、
お仕事を辞めてロンドンに住んでいた1989~1990年に、
やはりロンドンに滞在していた大西さんと会って
まだ出戻ってしまい、合計約15年も勤めていたことになります!?
私が大西さんのもとを離れてからも、
大西さんはデザイン活動を1年くらいされていたのですが、
2002年か2003年・・・
ああ、すみません、記憶がどうしてもハッキリしないけど、
もと上司から「大西さんが亡くなった」というお知らせが
またロンドンに住んでいた私に届きました。
(なんか、重要なことはいつもロンドンで・・・)
大西さんのこと、ネットで探しても
なにせ活躍していた時代には、ネットは存在していませんでしたし、
亡くなったニュースは公式発表されていませんので、
彼については生存すら謎のままとなっているのが現状のようです。
その後も、いくつかのライセンス商品=
バッグ、ハンカチ、寝具などが生産/販売し続けられているようですが
今現在、フォーマル・ウエアが展開されていることは確かなようです。
公式HPよりブランドイメージ
「アツキオオニシ ノワール」がブランド名。
こちらのロゴは、私が働いていた時代と同じものに、「NOIR」がついています。
こちらのフォーマルブランドは、現在進行形ですから、
きょう見つけた時は、
1999年以来、いきなりタイム・スリップ、雪崩のようなショックでした。
いえ、調べてない私がいけないんですけど、
なにせ情報がほとんどない・・・伝わって来ない現状ですので、
じゃあ、私が、15年くらいおつき合いのあった私めが、
大西さんのことを細々と書いても、罰が当たらないかな・・・??
と思ったしだいです。
私も就職活動の時に、興味があって何件か大手のアパレル回った
のですが、
なんとなく、どこも私がその社風に合わない気がして
結局やめたんです。
そういうのってやっぱり縁かなと思ったり。
アパレルの世界って厳しいって聞くので
Yumiさんがそちらに長く勤められていたってことは
Yumiさんに合っていて、良い会社だったんでしょうね♪
カッコよくて、うらやましいです^^
あ、お仕事は縁、っていうの、ありますよね! 私もたまたま大西さんとの相性が良かったのでいられたのだと思う。その後も転職活動で何社も面接に行ったけれど、やはりお互いにピンと来なくて、決まったところは、やはり変わり者の課長がいる会社だった。。。
その昔はアパレルもオシャレなイメージだったけれど、その実ハードなガテン系の仕事というのは昨今は明るみに出てるよね・・・
かっこよくはないけど、でも今でも服は好きです。
大西さんは赤穂市近くに出身で私の父親の知人が大西さんと同級生だったと言ってました。言っていいんだか分からないけど「変わり者だった」と言ってました。
大西さんの洋服は可愛いけど私には似合わないで買ったことないんですけど、「オリーブ」や「装苑」って雑誌でも見かけた気がします。
本当にお亡くなりに成ったんですか?もしそうなら御冥福をお祈りします。
わざわざコメントありがとうございます。本当に感謝です。
お知り合いが大西さんの同級生ですか?!まあ、何と!
大西さんは私が一緒に働いていた時も「変わり者」ではありました。色々な意味で。自分の名を出して創作活動する人には多いですよね。怒られると恐かったけど、他人への気配りも誰よりもする方でした。そして楽しい人でした。その変わり様は会社の部下の間でもよく話題になって、みんなに愛されていたと思います。
大西さんの作る服は、オリーブに出ていた時は、半端じゃなく派手でかわいらしかったので、人気があった反面、そのイメージが先行して誰にでも着やすいお洋服もあったけどそういうのは知られてなかったかもしれません。
大西さんの知らせを聞いた時、私は外国に住んでいましたが、元会社の人が大西さんのために集まる会をもうけてくれたので、一時帰国して大西さんを知る人達に会いました。葬儀などはごく内輪の家族のみで執り行われたそうなので仕事関係の人は出席しなかったとのことです。
まだ50歳前後の若さで、残念で、そして寂しいです。
私の人生に随分関わってくださった人です。
お祈りしてくださり、私が言うことではないですが、ありがたいです。
もう40代なので、大西さんがかつてデザインされたような洋服は到底着ることができませんが、そのエッセンスが少しでも感じられる、ロマンのある洋服を着たいなあ、と思い、ネットで検索したりしています。
大西さんが亡くなられたとのことで、ショックです。
でもこのようなブログを読むことができ、よかったです。ありがとうございました。
80年代の大西サンの作品をご存知でお好きだった方に
ブログを読んでいただけて嬉しいです!
私も1ファンとして同志のような気持ちです。
そうですね、当時のオリーブ少女には手が届きにくかったですね~
頑張ってアルバイト代をためて買うような感じでした。
でもお洋服は、雑誌に出ていたのは誌面映えするものが主ですし
あと普通っぽいのは掲載されていても読者も見落としてしまうというか・・
とにかく目立つお洋服しか売ってないイメージもありましたが、
そんなこともなく、大西サンのエッセンスが少し入ったちょっとかわいい
もの、というものたくさんあったんですよ♪
もう今では過去形での話になってしまうのは悲しいですけれど、
こうして好きだったなあと噂をすれば、
どこかで大西さんが聞きつけて喜んでくれているかもしれません。
そう思ってブログに公開しました。
わざわざコメントを書いて下さり、どうもありがとうございます。
よろしければ、左の「記事カテゴリ」欄の「大西厚樹」に他の思い出も
書いてありますのでお時間ある時にでもお読み下さい。
オリーブの「危険なことしたい」特集は記憶にありますよ~
確か、初めての夜遊びとか、あった気がします・・・
オリーブに載っているブランドの洋服をいつか買いたい、といつも思っていました。
高校入学で頂いたお祝いで、綿の茶色(亜麻色?)のクラシックなワンピースを買いました。一つ目小僧というブランドです。(すごい名前だ)
可愛いけど、着ていく場所があまりなくて、そんなに着ませんでした。
でもものすごく思い出に残っているんです。
大西さんに関係のない話ですみません。
あの頃の「危険なこと」はかわいかった・・・・
かと言って、今の中学生に
「危険なこと」って聞いて何が思い浮かぶ?と聞く勇気もありませんw
「一つ目小僧」ってほんとです、今改めて聞くと不思議なっっw
ブランド名覚えてます。平成ブランドの前のジェネレーションですね!
昔の方が服の値段が高かったですよね。
今も高いお洋服もあるけど、安くてかわいいのも増えました。
お洋服屋さんにとっては過当競争激しく厳しい世の中になりました。
大西サンの記事を読んでくださってどうもありがとうございます♪