昨日、きょうだいからメールが届いた。「今週、退院していいって、いつ来れる?」「3週間後にまた入院だって」
あら、まあ・・・こういう時、遠いというのは本当に困る。とりあえず行って、手伝って戻ってということができない。行くなら退院後しばらくのつもりで家を空けなければいけない。
末っ子の卒業・進学に関する用件が増えてきている今、いろいろ確かめておかなければならないことがある。ずるずると滞在が延びた前回のようには、このたびはいかない。
私が戻って次々と体調を崩した家族にもまた無理を強いる。どちらも外せないこの状況に、この一カ月の間に何度か往復することを覚悟しなければならない。1月末に戻ってきたときに、自分の気持ちよりもはるかに疲れていたことを考えると、私自身も無理はできないと感じている。それでも、頑張らなければ・・・と言い聞かせていたら「ちょいと検査するから延びるかも?」とメールがきた。
とりあえず、少し猶予されたようだ。パートナーの確定申告の書類がまだうちこみ終わっていない。なんとかめどがつくようにしなければ・・・。
「新宿のスナックでバイトしているの。高くないから飲みに来て」
縁が切れるのが寂しくて、日にちを置かずすぐ尋ねたその場所が歌舞伎町のはずれ、花園神社裏の一角「新宿ゴールデン街」と呼ばれるところだった。
小さな同じような路地が何本も並び、小さな看板がずらりと顔を並べている。もとは “青線”に使われた棟割り長屋で、二階建てから三階建ての古びた小さな建物がお互いに寄りかかるように建っている。三坪から四坪の店がほとんどでボックス席があればいいほう、たいていは十人も入れば満員のカウンター席だ。ドアを開けるといきなり階段で、はしごに近い、狭いその段を勢いで登るという店も多い。「会員制」と札が貼られている店もあるが、そこまでいかなくても、たいていの店はママさんが作り出す時間を共有したくて現れる常連で占められているから、一見で気楽に入れるという雰囲気はない。だが、一度店につながりができるととても居心地よく飲むことができる。サラリーマンもいたが、編集者、カメラマン、役者といった自由業に近い生業を持つ人が多く集まり、激論を戦わせている場面に出くわすこともあったし、気持ち良さそうに外を流している顔を見ると、テレビで見覚えのある芸人さんや、俳優さんだったりした。
山口小夜子ヘアのママさんの店はうす暗い造りで、カウンター内の壁一面にボトルが並べられ、ママの趣味でジャズが流されていた。この町では珍しく三階建てのすべてを使う店で、大人数で訪れると上階に導かれた。店で「ペコちゃん」と呼ばれたママがかまってくれているうちに、行けば座る席が決まり、1000円札を握りしめてやってきては「親がうるさくて」と終電に間に合うように退散する私を、常連客達が子ども扱いながらも飲み仲間として認め、はしご酒に誘ってくれるようになった。
面白かった。とにかく楽しかった。連れて行かれた店でいろいろなママさんや常連さん達と出会った。ゴールデン街では、ママさんに嫌われるともう店に入れてもらえない。それがここのルール。どんなに職場で地位のある人でも、お金もちでも有名人でも関係ない。ママさんに嫌われるような行儀の悪いことをした客は追い出される。だから私のようなひよっこ一人でも安心して通うことができた。おかまさんがやっている店も数多くあり
「あんた…、女はねえ…、恋をしなければだめよ!」
とカップルで行くこともなく、オシャレと無縁だった私に真剣に注意してくれた。
高橋真梨子が歌った「桃色吐息」が街に流れていたころのこと、この曲を聴くと、家鳴りがする町で過ごした、あの宝物の時間が胸にあふれ出てくる。 (2010年9月)