糸井重里さんのツイッターを時折見に行っている。
黙って張り付けられたアドレスをクリックしたらこれが現れた。http://bit.ly/hr4FKx
私は日本で必死に生きているつもりだ。だが、私の必死は、日本という国がかつてたどった歴史の上に築かれた上でのことだ。エジプトで今起っていることに、テレビで言われているように日本にも影響があって私の生活を苦しくすることであろうが、エジプトの人たちが理解を求めていることに対して、自分の利益だけで言葉を挟むことをしてはいけないと心している。
糸井重里さんのツイッターを時折見に行っている。
黙って張り付けられたアドレスをクリックしたらこれが現れた。http://bit.ly/hr4FKx
私は日本で必死に生きているつもりだ。だが、私の必死は、日本という国がかつてたどった歴史の上に築かれた上でのことだ。エジプトで今起っていることに、テレビで言われているように日本にも影響があって私の生活を苦しくすることであろうが、エジプトの人たちが理解を求めていることに対して、自分の利益だけで言葉を挟むことをしてはいけないと心している。
この地に住むようになって初めての冬。何もかもが驚きだったのを覚えている。
寒かったなあ・・・。どんと雪が降って、「雪かき」の習慣がない私は何もしなかった。夜仕事から帰ってきたパートナーに怒鳴られた。「雪かきくらいしとくもんだ!」
あのころ住んでいた古い家は、中小路からさらに小路を入ったところにあり、道を維持しようとしないとすぐ埋まった。
怒られたからではないが、買い物にも行けなくなるので、見よう見まねで雪かきをした。ところが、なかなか難しい。近所の年輩の方はいとも簡単に家の前をきれいに片づけていく。片付ける…という言葉がぴったりなのだ。札幌の雪は本州と違い軽い。積もってすぐ運べば、女子供、年寄りでも動かすことが容易にできる。だが、反対に崩れやすい。その脆い雪の山を、さながら豆腐を切るように四角く切り取り、隣近所の年輩の方が苦もなく運んでいく。これが私にはできない。どういう加減か、私がやるともろもろと雪が崩れていく。その上、どこをどう切り取り、どこに運び積めばいいのかイメージがないから、はねて動かした先をまた片付けることになって、二度手間三度手間だった。
そんな繰り返しで冬をしのぎ、春先、当たり前のようにご近所の方が鶴嘴を持ち出した。軽い北国の雪でも、ひと冬雪山の下にあり重みでつぶされた一番底の雪はがちがちに凍っている。これは滑りやすいし、ほっておいてもなかなか溶けないから、鶴嘴で割るのだ。雪割り作業、今はアイスピッケルなどという、立ったままで雪を割ることのできる道具も開発されているが、当時はまだ当たり前のように皆さんが鶴嘴を持ち出して割っていた。びっくりした。
それを帰ってきたパートナーに話したら「うちにもあるよ」と物置から出された時の驚きはなかった。
「札幌では普通の家に鶴嘴があるの?」雪のない土地のものにとって、鶴嘴は工事現場の道具だ。「ヒミツのケンミンショー」だった!
だが、厚い氷をかつかつと鶴嘴で割りばらしておくと、春の日差しがあっという間に溶かしてくれる。これを一度経験するとやめられない。ちなみに鶴嘴で割った氷の塊を広げる作業を「雪消し」というそうだ。今、ネットで知った。
長い長い冬を我慢して我慢して過ごし、この作業までたどり着いた時のホッとした思い。うれしかったなあ・・・。
今はマンション住まい、ありがたいことに管理人さんが隅々まできれいにしてくれる。管理人さんがいないときに作業ができるように、玄関ホールには一通りの道具が出ている。その中にちゃんと鶴嘴があります。雪国の必需品です。