HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

TGCは地方百貨店を救う?

2017-10-04 04:56:58 | Weblog
 安倍晋三総理が衆議院解散の記者会見を行った先月25日、熊本市役所ではTGC(東京ガールズコレクション)の2019年4月熊本開催における合意書の署名が行われたと、業界関係者からニュース映像が送られて来た。

 TGCを企画するW TOKYOは、これまでも各自治体に働きかけ、開催にこぎつけている。熊本の署名式でも同社の村上範義社長は「熊本はわさもん(方言で新しもの好き)というファッション的な流行もの好きの若者が集う街だ。熊本オリジナルのTGCを作っていきたい」と語ったことで、以前から熊本開催を打診していたと推察される。

 首長や関係部署の担当者が顔を並べ、メディアを呼んで合意書に署名したのだから、「TGC 熊本 2019」の実現は、ほぼ間違いないと言っていいだろう。実現すれば、九州では宮崎市、北九州市に次いで3番目の開催となる。

 熊本市は以前から課題を抱えている。郊外店の攻勢や福岡市などへの流出から、中心市街地の地盤沈下が激しく、外国人旅行者頼みでは活性化は難しいということだ。そんな状況に輪をかけて昨年の4月には熊本地震が発生した。かつてない未曾有の災害で、中心部の消費がさらに落ち込んだのは言うまでもない。

 自治体としてこの沈滞ムードを払拭し、熊本のポテンシャルを示すには、一度に多くの若者を集めるイベントをおいて他にはない。それが大西一史熊本市長がTGC開催に踏み出した理由だと思う。

 今月には熊本県や熊本市などの関係機関が検討・準備委員会を設立し、くまもとファッション協会の会長で鶴屋百貨店の久我彰登社長が会長に就任する。検討・準備委員会は実質的な実行委員会という形をとり、イベント開催に向けて動き出すと見られる。開催予定の2019年4月は震災発生から丸3年で、イベントは震災からの復旧・復興をPRする格好の材料。自治体としても公金を拠出するのに十分な「大義」と言える。

 大西市長も合意式の会見で「熊本に元気を与える。そういう意味でも大きなイベントであります。また、震災を経て新しい熊本を作っていく上では、ファッションの力は極めて大きいものがあるという風に思います」と語った点をみると、TGC 熊本 2019を復興事業の区切りにしたいとの思いが滲む。

 ただ、この手の客寄せイベントが本当に震災からの復旧・復興になるかは甚だ疑問だ。大西市長は会見で「各市町村にも呼びかけて、オール熊本での開催を目指したい」と語った。会場が熊本地震でいちばんの被害を受けた益城町にあるグランメッセ熊本を予定していることも、まずは同町の復興シンボルにするとの考えなのだろう。

 しかし、裏を返せば、熊本県、熊本市の財政支援だけでは、イベント開催に必要な資金を捻出するには限界があるということでもある。オール熊本には他の自治体にも開催費用を負担させる思惑が透けて見えるのだ。

 TGCの地方開催は、東京のように民間主導では不可能だ。そこでW TOKYOは、「震災復興」「地域の活性化」「交流人口の拡大」などの大義を掲げて、自治体に営業をかけていく。行政の財政支援を取り付ければ、単年開催でも赤字にはならないとの計算もあるだろう。「自治体がカネを出す」という行政のお墨付きがあれば、商工会議所などの協力を取り付けて、地元スポンサーの確保もしやすくなる。

 W TOKYOの村上社長は「イベントを単年度で終わらせるのはなく、北九州のように3年は続けたい」と語っている。そこからは単年開催では収支トントン、莫大な黒字にはならないから、複数年で利益を出そうという狙いも読みとれる。また、熊本市が北九州に次いで複数年にわたって開催した実績となれば、そのまま他の自治体に営業をかけるときに絶好のアピールポイントになる。イベント事業者ならそのくらい考えても不思議ではない。


客寄せ興行に支援できるのか

 もっとも、共賛を呼びかけられた自治体は、複雑だと思う。復旧・復興に取り組んではいるものの、肝心な被災者の生活再建は全く見通せていない。仮設住宅の入居期限は2年と決められていても(おそらく延長されるだろうが)、それまでに被災者のすべてが住まいを確保できる保証はない。自治体の不安は尽きないのである。本音としては東京からやってくる三文タレントによる客寄せ興行になんて構っている立場ではないはずだ。

 まして各市町村の財政基盤は熊本県や熊本市よりはるかに脆弱なわけで、そんなイベントに税金を拠出するくらいなら、地域住民の生活再建に当てるべきとの声が出てこないとも限らない。もし、市議会や町議会を素通りでイベント予算が計上されるようなことがあれば、議員たちは全く仕事をしていないことになる。そもそも市町村のおじさん、おばさん議員たちがTGCをよく理解していないと思うが。

 福岡でも2009年から「福岡アジアコレクション(FACo)」というTGCと対峙する神戸コレクションを下敷きにしたファッションイベントが開催されている。これも福岡県や福岡商工会議所が主導で年度単位で2000万円ほどの資金を拠出した。これが3年で止まると、タレント市長高島宗一郎の就任で、今度は福岡市がメーンで拠出にまわった。しかし、それとて行政が拠出する資金は無尽蔵ではない。

 そこでどうしたか。なんと福岡市が運営する公営ギャンブルの競艇「福岡ボート」が FACoの提供スポンサーに名を連ねたのだ。高島市長は主な観客であるF1層(20歳から34歳)の女性たちに競艇をアピールするとの目的で競艇の振興予算を振り向けのだろうが、ここまでくれば、「とにかく自治体からカネを出させればいい」との主催者側の思惑が透けて見える。観客はF1層と言っても未成年がいないはずはないのだから、これは明らかに問題があると言わざるを得ない。

 果たして、熊本市の大西市長は、共賛を働きかけた周辺自治体からTGC 熊本への賛同を得られなかったらどうするのだろうか。市の担当部局ではTGC 熊本開催に震災復興、経済、観光などが絡んでいるだろうから、こうした縦割り行政を上手く利用して予算を拠出していくしか手段はないと思う。

 まあ、熊本県では荒尾競馬が2011年に荒尾競馬が廃止され、公営ギャンブルを持っていないから、県下企業売上げベスト10のうちに4社がランキングするパチンコ事業者にでもスポンサーを頼むのだろうか。

 それはともかく、大義に掲げられている「インバウンドによる交流人口の拡大」にしても、果たしてどこまで実効性があるのかは疑わしい。TGCはメーンターゲットをF1層に指定していることから、周辺の大分や鹿児島からも観客を呼び込む狙いもあると思う。チケットをネットで販売し、会場のキャパが1万人とすれば、何%は県外からやってくる計算も成り立つ。

 だが、観客の目的は東京からやってくるモデルやタレント、アーチストを間近で見ること、またそのファッションスタイルをチェックすることにある。それが多少のブランド購入にはつながるかもしれないが、ほとんどがネット購入だろうし、交流人口の拡大と言うのは大袈裟だ。第一、イベントは1日限りで、終了すれば観客はさっさと帰路につく。地元にカネが落ちることはほとんどなく、経済波及効果の数値も行政発表では高めに見積もられているのは想像に難くない。W TOKYO側か、行政側が創り出した口実であって、インパウンドや交流人口ほどのものかは、極めて懐疑的である。


ヤングブランド誘致への布石

 行政からの支援が限られると、あとは地元スポンサーに頼るしかない。その点では、鶴屋百貨店の久我社長の検討・準備委員会の会長就任がポイントになる。あくまで名誉職の域を出ないと思うが、自治体からの予算拠出には限界があるとの前提で、いかに民間からカネを引き出すかの手腕が問われるところだ。

 熊本に出店する百貨店は、岩田屋伊勢丹から熊本岩田屋、くまもと阪神、県民百貨店と名称を変えたターミナル型店が閉店し、鶴屋百貨店1店舗だけになっている。ただ、イオンモールやゆめタウンなどの郊外SC、また福岡市やネット通販といったアウトバウンドにお客を奪われ、厳しい経営環境に置かれている。売上げの6割を占めるファッションで何とか活性化の糸口を見つけたいのが、TGC 熊本の開催に動き出した本心だと思う。

 鶴屋のような地方百貨店のメーン顧客は50代以上だ。いや、60代に入っているかもしれない。TGCがターゲットにするF1層を捕捉しきれていないので、次の顧客獲得の展望も開けず、このままではジリ貧の一途を辿ることになる。一応、別館ではユナイテッドアローズやエディフィス、シップスなどのセレクトショップを展開するが、他の百貨店系アパレルが一様に苦戦している点は、鶴屋も変わりない。

 百貨店経営者としては、TGCに登場するようなスライ、ドロシーズ、スナイデル他のチープかつトレンドを押さえたヤングファッションにも目を向けようとの判断もあるだろう。開催まであと1年半の猶予があるので、TGC 熊本の開催決定をきっかけにブランドメーカーへの出店交渉を進めることだって不可能ではない。これまでも「東急ハンズ」や「ユザワヤ」をリーシングしてきたことを考えると、福岡はじめ他店へのいかに流出を食い止めるか。そうした対症療法しか戦略がない点で、考えるのは目に見えている。

 博多阪急が2011年に開業した時、 こうしたブランドはヤングレディスのコーナー「HAKATA SISTERS」で大々的に展開された。しかも、博多阪急はオープン直後に開催された福岡アジアコレクションに協賛し、ブランドメーカーを通じて衣装提供を行っている。これが HAKATA SISTERSを観客にアピールし、コーナーのロケットスタートに貢献した。鶴屋百貨店がこの二番煎じを考えても不思議ではない。

 鶴屋百貨店はかつて高島屋系グループに所属していたが、競合店の熊本岩田屋〜県民百貨店が閉店したことで、伊勢丹系の全国デパートメントストアーズ開発機構(ADO)に加盟した。それでも、全国的な知名度は低く、ブランドリーシングでは遅れをとっている。
 
 昨年には「百貨店業界にはない考え方を持つクリエイターの視点と手法で、組織を揺り動かしてもらうのが良いのではないか」と、電通と組んで「熊本一愛される店をめざして」をテーマに、自己革新を共に歩む計画をスタートさせている。

 具体的には「全社的な意識改革で、自由闊達で自己改革できる企業づくり」、社外の人間ながら「鶴屋イノベーション・プロジェクト」のリーダーとして、「社員の意識改革」「自己革新を続ける組織づくり」を行うミッションだったが、実効性や結果は出ているのだろうか。出ていないからこそ、客寄せ興行のファッションイベントに手を付けざるを得ないのではないのか。


地元小売り事業者は賛同?

 25日に結ばれた合意書では「ファッションを通じたまちづくり・ひとづくり・しごとづくり」という大義も謳われている。目下、熊本では県民百貨店が閉店した跡地一帯の桜町再開発事業と、JR九州が計画する熊本駅周辺の再開発事業の2つが進んでおり、こちらにはファッション系のテナントも誘致されるから、大義には合致する。だが、どちらもTGC 熊本の初回には間に合わない。連続開催が実現した時を待って、鱗落し的興行をタイアップさせるしかないだろう。

 ただ、上通、下通の商店街や周辺のストリートに出店する中小ファッション事業者にとってはどうなのか。いくらかのリターンがあるのか。結論から言えば、彼らには、TGC 熊本 2019の影響はほとんどなさそうである。これは福岡はじめ他都市のガールズコレクションが全くそうだからだ。

 熊本を代表するベイブルックやパーマネントモダンには、衣装提供の打診があるかもしれないが、販促につながるかどうかはわからない。衣装と言っても商品だけにイベントに提供し、リップやファンデーションで汚されると売りものにならなくなる。そうしたリスクを踏んでまで協力するだろうか。いくら鶴屋の久我社長が地元事業者の賛同を得ようと奔走したところで、自社では商品を買い取っていないわけだから、零細事業者の気持ちなどわかるはずもない。

 こうした諸々の理由からTGC 熊本では震災から復旧・復興をアピールし、全国的な知名度を上げるまでにはならないと思う。結局、小池東京都知事が言う「しがらみ政治からの脱却」ではないが、ハコ物に税金を投入すると批判を受けるから、ひとづくりや交流人口の拡大を名目にして、芸能人にジャブジャブ税金が使われることに変わりないのだ。それを財政的に逼迫する周辺自治体にまで負わせるのは非常に酷な話である。

 しかし、そこにW TOKYOという芸能界とスブズブの関係をもつコーディネーターがつけ込む隙があるということである。大西市長もイベントをやった実績だけが評価され、結果が検証されないではおかしいのではないか。まあ、経済波及効果の数値を高く見積もるのは、行政の常套手段であるが。TGC 北九州にビデオ出演し、TGC 熊本でもオープニングの挨拶を飾るつもりだろうか。実に高島福岡市長と並び、低能な首長の見本である。

 イベント会社や芸能界という特定の団体が自らの懐を温めるために、地域社会と行政を巧みに使い、喰いものにするだけの構図はもっと批判されて然るべきではないか。ファッションを口実にする以上は、あくまで地元ファッション事業者が知恵と力を結集し、お互いに刺激し合う民間事業を創り上げることが重要なはずだ。

 同じようなファッションイベントは各地で開催されているわけで、熊本オリジナルは熊本のファッションを熟知した人間にしかできない。このままではTGC 熊本は岡山から引っ張って来た木下大サーカスと何ら変わらないだけで、終わってしまう。それに異論を唱えることができるのは、地元ファッション事業者と真に地元のことを考える公僕でしかないのである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする