HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

期限切れの新鮮さ。

2019-06-12 06:32:45 | Weblog
 ジーンズカジュアルショップから、今やセレクトショップの代表的企業となったアーバンリサーチ(UR)。売場で商品を確かめるとオリジナルがかなりの比率を占め、お客からすれば色、型、サイズが揃うので買いやすい。こうして培った商品開発力を傘下のSPA業態「センスオブプレイス」に生かす逆パターンも、同社はビジネスモデルとして確立したと言っていいだろう。

 センスオブプレイスは2019年1月期の決算で売上高97億円を達成した。メーンターゲットを25歳と設定し、MDを52週サイクルで提案。販売データは週ごとに分析し、翌週の販売計画に生かす仕組みがブランドの成長に大きく貢献したという。13年のスタート時に立てた当面の目標は店舗数50店、売上高100億円だったから、これをクリアするのはほぼ間違いない。

 躍進の背景には、商品供給をコントロールするディストリビューター(DB)、販売スタッフの指導教育を行うスーパーバイザー(SV)が確実に育ったことがあるようだ。これはSPA化を進める段階で、どの企業も直面する課題なのだが、育成が進む企業とそうでないところでは成長力の差は歴然である。筆者が住む福岡の某SPAもSC中心に展開し、100億円達成を間近になって利益重視に方向転換。 育ったSVたちが不採算店の閉鎖に努めた結果、年商は30億円も減少したが、企業基盤はより強固なものとなった。

 それだけ年商100億円の壁を超えるのは難しく、ブランド、商品、スタッフをマネジメントしていくのは、容易ではない。その意味で、センスオブプレイスは今後も店舗数を今の倍くらいに増やずというから、人口減少でマーケットが縮小していく中、成長を続けていくには、まだまだいろんな課題に直面すると思う。

 そうした懸念材料となるのか、それとも逆に吉と出るのか。筆者はセンスオブプレイスが先日から展開している企画商品に注目する。「イラストレーターの永井博との協業商品を5月27日から店舗で、31日から自社ECサイトで販売している」ことだ。同氏のイラストをプリントしたルーズフィットのTシャツ(メンズ2型、レディス3型)とPVC素材のトートバッグ(2型)。価格はTシャツ、バッグともに3900円である。

 今どきSPAのコラボ企画など珍しくもないが、協業する相手によって注目を集めることもある。いちばん簡単なのが誰もが一度は見たことのあるアイコンやキャラクター、著名人のイラストや写真をアレンジしたもの、国際的に知られるスローガン、クリエーターが手がけたシンボリックなデザインなどを使うことだ。

 センスオブプレイスは永井博氏とコラボしたわけだが、メーンターゲットである25歳エージからすれば、「永井博って誰?」だろう。名前は知らなくても、「イラストは知っている」というのは、世代的にはほぼ皆無ではないか。センスオブプレイス側からすれば、 イラストは夏のイメージに合致するし、お客に知られてないから逆に新鮮に受け取られ、ブランドテイストからも大きくは外れない。それが企画の狙いや契約の理由だったのかもしれない。

 しかし、どれほどの売上げに結びつくか。爆発的なヒットアイテムになり得るかと言えば、正直難しいと思う。このコラムで以前にも書いたが、TシャツなどのプリントはPCと印刷技術の発達でインクジェットが主流になり、簡単に製造できるようになった。そのため、市場にはいろんなモチーフが溢れ、埋没感は否めない。プリントモチーフが「売れる」条件とは、必ずしも言えなっているのだ。

 逆に協業すれば、相手に対するロイヤリティを支払わなければならず、それはコストとして売価にのせられる。今回のイラストは永井氏が新たに描きおろしたと思うが、イラスト料や著作権料はそのまま総量で按分されるため、単発でロットも限られてくれば、商品価格は割高になってしまう。

 店頭で商品を見てみたが、イラスト原画を写真データ化してプリントしたようだ。 生地厚は5オンスくらいだろうか。価格は3900円でイラストの価値を除けば、巷にあふれるものと大差ない。 似たようなTシャツなら1900円くらいで売っている。店頭にはそれほど在庫を置いてないので大量に売れ残ることはないと思うが、今回のコラボ企画がブランドバリュを生んで、継続的に売れ続けるのは正直、厳しいだろう。



 では、イラストレーターの永井博氏は、どれほど有名なのか。筆者のように80年代に20代を過ごした世代には広く知られている。当時、アメリカンなリゾート風景を表現した作品は非常に露出が多かった。代表的なところではレコードジャケットへの採用だ。 松岡直也の「MAJORCA」、 大瀧詠一の「A LONG VACATION」「NIAGARA SONG BOOK」、山下達郎の「COME ALONG」シリーズなどがある。 世代的には名前は知らなくても、レコードのイラストは見た記憶がある人は多いと思う。



 80年代のイラストトレンドの一つと言っても、過言ではない。 筆者のようにグラフィックデザインにも携わっていると、いろんな広告物でも永井氏のイラストに触れる機会は少なくなかった。それだけでなく、同氏はいつも笑顔で明るい性格から、雑誌メディアの取材を受けることもあった。マガジンハウスは雑誌の表紙にイラストを使うだけでなく、特集記事でも取り上げている。




 筆者が記憶しているのは、創刊間もなかったTARZANが「カラダがよろこぶ部屋づくり」(マガジンハウスの十八番であるスピンオフ企画)で、同氏の自宅兼仕事場を紹介したことだ。購入した都内のマンションを改造し、壁や天井を取り払ってロフト風にし、床は当時はやり始めたフローリングに貼りかえていた。レコードのコレクションも圧巻で、壁面の棚にはソウルミュージックを中心に1万枚ほどがギッシリ収納されていた。備え付けのアイランドキッチンやコカコーラの自動販売機、アロハシャツやスニーカーetc,どれをとってもイラストの世界観同様にアメリカンだ。

 同氏は現在、70歳を過ぎている。センスオブプレイスのスタッフからすれば、お爺さんのような世代である。何年か前にお姿を拝見したが、すっかり白髪になっていたものの、人懐っこい風貌はそのままだった。イラストレーターとして現役を続けているから、決してジジ臭くもない。おそらく、ライフスタイルもあの頃のままだと思う。

 ならば、コンセプターとしてモノやコトを通じ、ファッションスタイルの提案をしてもらってはどうだろうか。同氏の監修で「期間限定」の「スタイルセレクション」を行うなどの企画だ。永井氏の場合だとアメリカンリゾートになると思うが、他の方々にはブリティッシュやニューヨーク、イタリアン、エスニック、ジャポネスクなどのテイストを担当してもらう。また、往年に活躍し、若者の風俗に影響を与えた人物なら、故人でもオマージュを込められるので構わないと思う。

 例えば、サディスティックミカバンドの故・加藤和彦氏が好んだロンドンのファッションスタイルを提案するとかである。今、そうしたテイストを見れば、印象は「懐かしい」「今でもいける」「斬新だ」と世代ごとで異なるだろうが、三世代へのアプローチは可能になる。それをセレクトのURがシリーズで企画するのも面白いと思う。いささか、ビームスジャパンやデパートの催事にも似通っているが、キャラターの濃い人々のフィルターを通したものなら品揃えも際立ち、セレクションが先鋭になっていくはずだ。

 商品がない、揃わない、メーカーが作らない。やれない理由を挙げればきりがない。だが、やることを前提に取り組む方がはるかに得られるものは大きい。きっと若者からヤングアダルト、マチュアまでがお洒落を感じられる商品展開ができるはずだ。単なるブランドで惹き付けることは限界に来ている。だからこそ、アイコンたる人物の企画も新しいセレクトショップ像を映し出していくのではないか。

 活躍したクリエーターでも、作品のメディア露出がなくなると、賞味期限切れに思われがちだ。しかし、その人のユニークな暮しぶりや強烈な個性は、そうそう変わるものではない。セレクトショップ店頭がどこもステレオタイプになりがちな中、「拘り」「濃さ」「奥深さ」「スパイシー」「キレ」などのニュアンスがこもったスタイル提案も、年1度くらいのペースでやっても面白いと思う。


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