東京五輪の開幕まで1ヶ月を切った。ワクチン接種は進んでいるが、変異株、さらにはデルタ株への感染拡大から、開催中止を叫ぶ声は少なくない。だが、コロナ禍以前から今回の東京五輪では様々な問題が炙り出され、開催懸念を扇動するような動きがあるのも事実だ。
振り返ると、招致活動の段階から巨額の資金が動き、その一部がIOC委員へのロビー活動で使われていた。当時の猪瀬東京都知事はコンパクトな大会を叫びながら、誘致が決まった途端に運営費は3兆円にも膨らみ、それに対する異論は封殺された。新国立競技場は建設費が嵩んで設計変更を余儀なくされ、エンブレムも盗作疑惑やデザイナーの事前選定が発覚した。
挙げ句の果てが森喜朗組織委員長の失言辞任と有名スポーツ選手への中止要請の殺到。そして、都民に対し盛んにボランティアを勧奨してきた反面、ディレクターという職種には1日40万円の日当が付く不可解さ。所詮、五輪なんて商業イベントなのだから、利権に群がる輩がいると言えばそれまで。あまりに多くの国民が振り回され過ぎている。
一方で、スポーツマーケティングという言葉があるように五輪は多方面でビジネス機会を提供し、市場を創造してくれる。経済効果としてはハード整備、いわゆるハコモノによるものが大きいと言われるが、一時的に国民の気分が高揚し消費アップにつながるため、有形、無形の効果には期待できる。それはそれで市民生活には必要なこと。中止すれば、もっと莫大な損失を被るのだ。
前置きはこのくらいしにして、アパレルの問題に移ろう。毎回、五輪で話題になるのが、日本選手団が開会式で着用するフォーマルユニフォーム=公式服装(正式名称)だ。業界内外からは「コンペにしてほしい」「若手デザイナーの起用を」との声が上がる一方、今回はスーツ量販店の「AOKI」がオリピック、パラリンピック共通で提供することになった。
公式服装については、これまでも「ダサい」との声が多かった。しかし、デザイナーを起用したからと言って、必ずしも評価が高かったわけではない。森英恵氏の肩に日の丸やグラデーションカラーのマント、高田賢三氏の花柄然りだ。その後、百貨店の高島屋がサプライヤーになったが、それでも評価が上がることはなかった。
業界内部には、「デザインがどうのこうのと言うよりも、サプライヤーに百貨店を選ぶ意思決定の仕方に問題がある」という冷静な意見もあった。そして、JOCや組織委員会の上層部が決定する構図は、今回の東京五輪でも変わることはなかった。
というか、2013年にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、東京五輪招致委員会メンバーが着た制服はAOKIが提供している。JOC側は東京五輪の公式衣装は公募で選んだというが、その時点で「2020東京五輪が実現すれば、サプライヤーはAOKIを選定する」のが既定路線だったのではないかと思われる。
今回のデザインについては、「『ニッポンを纏う』をコンセプトに東京2020大会の価値の発信、歴史と伝統の継承、国民との一体感を表現し、オリンピック・パラリンピックともに「共生」という共通のテーマで製作した」という。開会式用には日の丸カラーの白と赤のセットアップ、式典用には紺と白の同の2タイプが採用されている。
両大会は日本が酷暑の時期に開催される。だから、ファッション性よりも暑さ対策の方が優先された面はあるだろう。通気性や吸汗速乾、快適性に配慮したデザインで、生地は主に日本で調達、縫製も国内で仕上げられたとか。リップサービスの分を割り引いても、選手の評判は上々のようだから、それはそれで良かったのではないか。
問題は表彰式の衣装。ファッションディレクターの山口壮大がデザインしたというが、ネットでは「居酒屋のユニフォームか」から「礼服とは言い難い代物」まで、悪評の方が支配的だ。こちらも暑さ対策を重視したのなら甚平でも良いという理屈になるが、山口氏起用には何らかの利害が絡んだのか。もっとも、海外のメダリストに敬意を表するという意味では、絽や紗、麻などの日本の気候風土に合う素材を用いた礼服=着物にすべきだった。
海外選手団も酷暑対策でライトメイドが主流
海外の選手団はどうだろうか。東京開催が1年延期されたので、主要国では皆、2020年モデルがそのまま流用されている。では、代表的な国を見てみよう。
まずは米国。前回のリオデジャネイロ五輪と同様に「ラルフ・ローレン」が起用された。今回は東京の暑さを意識してか、お決まりのブレザースタイルから、カジュアルなヨットパーカー風のジャケット、パンツ、ポロシャツに変更されている。
ジャケット、パンツのカラリングは全て白地で、フードや襟元を紺に切り替え、赤のストリングを施している。ポロシャツは白地と紺地があり、紺には派手なUSAのロゴ入り。ベルトは紺、赤、白のレジメンだ。星条旗カラーをモチーフにアメリカントラディショナルのデザインは不変。ラルフ・ローレンだから出せるテイストと言える。
毎回、五輪選手団のフォーマルユニフォームを積極的に公開するオーストラリア。1994年から地元ブランドの「スポーツクラフト」が公式サプライヤーになっている。(https://www.sportscraft.com.au/sportscraftolympics.html)
今回はライトグレーのエンブレム付きブレザー、白のシャツ、緑のショーツ、同色のスカート。男子選手はネクタイ、女子選手はスカーフ。カラーは同国のナショナルカラー(緑と金)にちなんだ緑と黄色。デザインはブリティッシュトラッドのテイストだが、酷暑を意識してライトメイドに仕上げられている。
フランスは、同国オリンピック委員会が2017から20年まで「ラコステ」と契約。東京大会が1年延期されたが、公式服装はそのまま。こちらは白のジップアップジャケットに紺のパンツ。襟にトリコロールのラインを配置したスポーツウエアのテイストだ。24年のご当地パリ五輪からは「ルコック・スポルティフ」がサプライヤーに決まっている。
英国は国内でワークウエアなどを手がけるブランド「サイモン・ジャージー」。前大会と同じくライトネイビーのエンブレム付きテーラースーツだ。今回は男子は白のシャツに濃紺のネクタイ。女子は赤のブラウスになっている。素材はわからないが、ウール系のトロピカルでも、東京ではかなり暑いのではないか。リオ五輪の閉会式で選手が履いたフラッシュソールシューズは今回も着用されるようだが、式典の縮小でメディア露出は限られるかもしれない。
イタリアは2012年のロンドン大会からジョルジオ・アルマーニが公式ジャージをデザイン。今回もミッドナイトブルーのエンポリオ・アルマーニ「EA7」が提供されている。トラックスーツとポロシャツの前面には、ナショナルカラーをトリコロールディスクで大胆に配置。背面には漢字風のフォントでITALIAを縦に配置し、Tの文字は「鳥居」の形になっている。
トリコロールディスクは日出づる国、鳥居は神聖な神社への入口を表すもので、どちらも日本で開催される大会への明確な敬意が窺える。さすがジョルジオ・アルマーニだ。表現の自由を盾に日本を冒涜するようなエセ芸術家とは違うのだ。
最後にカナダ。国旗の配色は日本と同じ赤と白。毎回、大胆なデザインが特徴だ。ところが、今回はGジャンが採用され物議を醸している。身頃、袖、背中にはスプレーペイントや落書きが施されたため、メディアからは「オリンピックの舞台にふさわしいものというより、ファストファッションの小売店のセールラックにあるもののように見える」と不評を買った。
サプライヤーはデパートの「ハドソンベイ」だが、このジャケットは米国のリーバイスと提携したため、なおさら国民感情を逆撫でしたようだ。ただ、カナダでも公式服装については、「ファッション性に舵を切ることは危険で、ドレスコードを厳格にすべき」という意識の方が強い。そこはデザインどうのに議論が集まる日本とは違うところだ。
ともあれ、今回の東京オリンピック・パラリンピックはコロナ禍の中での開催となり、国内外メディアは中止や強行、感染拡大ばかりをクローズアップしがちだ。そんな中では、各国選手団のフォーマルユニフォームにはスポットが当たりづらい。だが、オリンピックもパラリンピックも選手の活躍なくして成立しない。彼らをあらゆる面でサポートするのがパートナーやスポンサー。アパレル企業もサプライヤーとして素材作りからデザインまでで支援している。
それらが蚊帳の外になっては、選手のパフォーマンスは語れないし、大会自体が空虚なものになってしまう。まずは東京オリンピック・パラリンピックが万全なコロナ対策のもとで無事に開催されること。そして、各国選手が着用する公式服装がメディアを通して、世界中の人々の目に焼き付くことを願ってやまない。
振り返ると、招致活動の段階から巨額の資金が動き、その一部がIOC委員へのロビー活動で使われていた。当時の猪瀬東京都知事はコンパクトな大会を叫びながら、誘致が決まった途端に運営費は3兆円にも膨らみ、それに対する異論は封殺された。新国立競技場は建設費が嵩んで設計変更を余儀なくされ、エンブレムも盗作疑惑やデザイナーの事前選定が発覚した。
挙げ句の果てが森喜朗組織委員長の失言辞任と有名スポーツ選手への中止要請の殺到。そして、都民に対し盛んにボランティアを勧奨してきた反面、ディレクターという職種には1日40万円の日当が付く不可解さ。所詮、五輪なんて商業イベントなのだから、利権に群がる輩がいると言えばそれまで。あまりに多くの国民が振り回され過ぎている。
一方で、スポーツマーケティングという言葉があるように五輪は多方面でビジネス機会を提供し、市場を創造してくれる。経済効果としてはハード整備、いわゆるハコモノによるものが大きいと言われるが、一時的に国民の気分が高揚し消費アップにつながるため、有形、無形の効果には期待できる。それはそれで市民生活には必要なこと。中止すれば、もっと莫大な損失を被るのだ。
前置きはこのくらいしにして、アパレルの問題に移ろう。毎回、五輪で話題になるのが、日本選手団が開会式で着用するフォーマルユニフォーム=公式服装(正式名称)だ。業界内外からは「コンペにしてほしい」「若手デザイナーの起用を」との声が上がる一方、今回はスーツ量販店の「AOKI」がオリピック、パラリンピック共通で提供することになった。
公式服装については、これまでも「ダサい」との声が多かった。しかし、デザイナーを起用したからと言って、必ずしも評価が高かったわけではない。森英恵氏の肩に日の丸やグラデーションカラーのマント、高田賢三氏の花柄然りだ。その後、百貨店の高島屋がサプライヤーになったが、それでも評価が上がることはなかった。
業界内部には、「デザインがどうのこうのと言うよりも、サプライヤーに百貨店を選ぶ意思決定の仕方に問題がある」という冷静な意見もあった。そして、JOCや組織委員会の上層部が決定する構図は、今回の東京五輪でも変わることはなかった。
というか、2013年にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたIOC総会で、東京五輪招致委員会メンバーが着た制服はAOKIが提供している。JOC側は東京五輪の公式衣装は公募で選んだというが、その時点で「2020東京五輪が実現すれば、サプライヤーはAOKIを選定する」のが既定路線だったのではないかと思われる。
今回のデザインについては、「『ニッポンを纏う』をコンセプトに東京2020大会の価値の発信、歴史と伝統の継承、国民との一体感を表現し、オリンピック・パラリンピックともに「共生」という共通のテーマで製作した」という。開会式用には日の丸カラーの白と赤のセットアップ、式典用には紺と白の同の2タイプが採用されている。
両大会は日本が酷暑の時期に開催される。だから、ファッション性よりも暑さ対策の方が優先された面はあるだろう。通気性や吸汗速乾、快適性に配慮したデザインで、生地は主に日本で調達、縫製も国内で仕上げられたとか。リップサービスの分を割り引いても、選手の評判は上々のようだから、それはそれで良かったのではないか。
問題は表彰式の衣装。ファッションディレクターの山口壮大がデザインしたというが、ネットでは「居酒屋のユニフォームか」から「礼服とは言い難い代物」まで、悪評の方が支配的だ。こちらも暑さ対策を重視したのなら甚平でも良いという理屈になるが、山口氏起用には何らかの利害が絡んだのか。もっとも、海外のメダリストに敬意を表するという意味では、絽や紗、麻などの日本の気候風土に合う素材を用いた礼服=着物にすべきだった。
海外選手団も酷暑対策でライトメイドが主流
海外の選手団はどうだろうか。東京開催が1年延期されたので、主要国では皆、2020年モデルがそのまま流用されている。では、代表的な国を見てみよう。
まずは米国。前回のリオデジャネイロ五輪と同様に「ラルフ・ローレン」が起用された。今回は東京の暑さを意識してか、お決まりのブレザースタイルから、カジュアルなヨットパーカー風のジャケット、パンツ、ポロシャツに変更されている。
ジャケット、パンツのカラリングは全て白地で、フードや襟元を紺に切り替え、赤のストリングを施している。ポロシャツは白地と紺地があり、紺には派手なUSAのロゴ入り。ベルトは紺、赤、白のレジメンだ。星条旗カラーをモチーフにアメリカントラディショナルのデザインは不変。ラルフ・ローレンだから出せるテイストと言える。
毎回、五輪選手団のフォーマルユニフォームを積極的に公開するオーストラリア。1994年から地元ブランドの「スポーツクラフト」が公式サプライヤーになっている。(https://www.sportscraft.com.au/sportscraftolympics.html)
今回はライトグレーのエンブレム付きブレザー、白のシャツ、緑のショーツ、同色のスカート。男子選手はネクタイ、女子選手はスカーフ。カラーは同国のナショナルカラー(緑と金)にちなんだ緑と黄色。デザインはブリティッシュトラッドのテイストだが、酷暑を意識してライトメイドに仕上げられている。
フランスは、同国オリンピック委員会が2017から20年まで「ラコステ」と契約。東京大会が1年延期されたが、公式服装はそのまま。こちらは白のジップアップジャケットに紺のパンツ。襟にトリコロールのラインを配置したスポーツウエアのテイストだ。24年のご当地パリ五輪からは「ルコック・スポルティフ」がサプライヤーに決まっている。
英国は国内でワークウエアなどを手がけるブランド「サイモン・ジャージー」。前大会と同じくライトネイビーのエンブレム付きテーラースーツだ。今回は男子は白のシャツに濃紺のネクタイ。女子は赤のブラウスになっている。素材はわからないが、ウール系のトロピカルでも、東京ではかなり暑いのではないか。リオ五輪の閉会式で選手が履いたフラッシュソールシューズは今回も着用されるようだが、式典の縮小でメディア露出は限られるかもしれない。
イタリアは2012年のロンドン大会からジョルジオ・アルマーニが公式ジャージをデザイン。今回もミッドナイトブルーのエンポリオ・アルマーニ「EA7」が提供されている。トラックスーツとポロシャツの前面には、ナショナルカラーをトリコロールディスクで大胆に配置。背面には漢字風のフォントでITALIAを縦に配置し、Tの文字は「鳥居」の形になっている。
トリコロールディスクは日出づる国、鳥居は神聖な神社への入口を表すもので、どちらも日本で開催される大会への明確な敬意が窺える。さすがジョルジオ・アルマーニだ。表現の自由を盾に日本を冒涜するようなエセ芸術家とは違うのだ。
最後にカナダ。国旗の配色は日本と同じ赤と白。毎回、大胆なデザインが特徴だ。ところが、今回はGジャンが採用され物議を醸している。身頃、袖、背中にはスプレーペイントや落書きが施されたため、メディアからは「オリンピックの舞台にふさわしいものというより、ファストファッションの小売店のセールラックにあるもののように見える」と不評を買った。
サプライヤーはデパートの「ハドソンベイ」だが、このジャケットは米国のリーバイスと提携したため、なおさら国民感情を逆撫でしたようだ。ただ、カナダでも公式服装については、「ファッション性に舵を切ることは危険で、ドレスコードを厳格にすべき」という意識の方が強い。そこはデザインどうのに議論が集まる日本とは違うところだ。
ともあれ、今回の東京オリンピック・パラリンピックはコロナ禍の中での開催となり、国内外メディアは中止や強行、感染拡大ばかりをクローズアップしがちだ。そんな中では、各国選手団のフォーマルユニフォームにはスポットが当たりづらい。だが、オリンピックもパラリンピックも選手の活躍なくして成立しない。彼らをあらゆる面でサポートするのがパートナーやスポンサー。アパレル企業もサプライヤーとして素材作りからデザインまでで支援している。
それらが蚊帳の外になっては、選手のパフォーマンスは語れないし、大会自体が空虚なものになってしまう。まずは東京オリンピック・パラリンピックが万全なコロナ対策のもとで無事に開催されること。そして、各国選手が着用する公式服装がメディアを通して、世界中の人々の目に焼き付くことを願ってやまない。