HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

違反すれば、服役?

2021-06-16 06:33:57 | Weblog
 神戸市の市議会が異例の「条例」制定に踏み込んだ。「神戸らしいファッション文化を振興する」内容で、6月11日から始まった令和3年第1回定例市会6月議会に全市議議が条例案を提出した。おそらく議会中に全会一致で可決され、成立すると思われる。(https://www.city.kobe.lg.jp/a91127/726644371574.html)

 振り返ると、神戸市は1973年に「ファッション都市宣言」を発表し、アパレルやシューズ、スポーツ、真珠、洋菓子などの産業が発展した。同市はこうしたビジネスを核に街づくりを進めてきたが、近年はそうした都市の基幹産業が大きく揺らいでいる。

 アパレルは海外製品との競合が激しく、地場メーカーは苦しい経営環境にある。神戸を代表するケミカルシューズも、低価格の輸入品に押されている。スポーツは競技主体から健康・大衆スポーツに移って寡占化、真珠はジュエリー市場がバブル期の3兆円から3分の1以下に縮小。洋菓子はトレンドの波に呑まれやすく、安定市場を掴むのは容易ではない。

 地場産業がこうした様々な課題を抱える中、市議会は条例を制定することで、「市、事業者及び市民が共に神戸らしいファッションを振興することにより、これを次世代に引き継いでいくこと」を目指す。

 そのため、事業者には「神戸の真珠加工品、シューズ、アパレル製品を取り入れた装い、地場産品を取り入れたライフスタイルを市民に発信する」役割を課し、地場産品のブランド化や海外を含む販路開拓への取り組みを促す。市民にも「神戸の地場産品の利用を通して、神戸らしいファッション文化に理解を深め、その魅力発信に協力する」ことを求めるとする。

 神戸市は観光客に地場産品の消費促進を行うなどの施策とも連携し、市長がそれらの施策の実施状況を毎年度、議会に報告することも盛り込んだ。地方自治体が条例まで制定し、ここまでの産業振興に踏み込むのは例がない。背景にはどのような思惑や目論みがあるのだろうか。


従来の中長期計画と今回の条例の違いは

 1990年代以降、国は地方分権を進め、自治体には権限や財源の委譲が行われた。今やその機能は大幅に拡大し、責任も重大になっている。つまり、地方自治体はその地域の安寧を維持し、住民の安心・快適な暮らしを実現していくことが不可欠なのだ。

 一方、少子高齢化が進む中、毎年のように大規模な災害が発生している。それに輪をかけるようにコロナ禍に見舞われた。このような厳しい状況の中で、地方自治体には大分県の杵築市のように深刻な財政難に陥るところもある。運営や事務事業についてマネジメント能力を欠くところも少なくないし、中央政府が指示しないと何ら行動できないところもあると指摘される。(それをメディアの前で堂々と首長に指摘して辞任を余儀なくされた大臣もいるが)

 地方自治体が行政課題をどう克服して、住民サービスを向上させ満足度を高めていくのか。そうした行政運営を進めていくには、地域の実情に見合った判断と、実行するための権限と財源が不可欠になる。そのため、地域が置かれた状況を冷静に分析し、課題や特性、住民の意向を捉えながら、目標を設定してそれを実現するための行動計画を立てなければならない。

 では、具体的にどんな計画を立案するか。まずは選挙に立候補する首長のコミットメント、いわゆる公約だ。一時、国政ではマニュフェストという用語が流行したが、首長がどんな街づくりを目指すのか。そのためには強い政治的なリーダーシップが必要になる。選挙で住民に選ばれたことを背景に、議会とも協力して予算や条例を通し、事業を執行して行くことになる。

 言い換えれば、長期政権の首長を新人候補が独自の公約を掲げて選挙で破れば、自治体の運営、長期ビジョン、計画がゴロっと変わることもあり得るのだ。まあ、鹿児島県の三反園訓元知事のケースも見るまでもなく、そう簡単には行かないが。政策を実現するための法的根拠を作るという意味で、条例を制定することもありうるだろう。

 そこで、条例の意味と神戸市のケースだ。条例とは、地方自治体がその自治立法権に基づいて制定する法律のことを指す。条例の制定や改廃は議会の議決によるから、今回のケースでは全市議が提出しているので、制定はほぼ間違いないと言える。

 また、条例は法令(国会が制定する法律)に反しない限り、自治体の事務事業の全てにおいて定めることができる。「神戸らしいファッション文化を振興する」条例が法令に違反するはずもなく、全てのファッション関連事業で取り決めるのは何ら問題はないと言える。


流通業者との連携や市民モデルをアイコンに

 では、なぜ、自治体の都市宣言や計画の次元に留まらず条例だったのか。前出のように自治体の長期ビジョンは首長選挙に出る候補者が公約として掲げるのが一般的だ。神戸市の場合、現職の久元喜造市長は灘高を経て、東大法学部を卒業、自治省(現総務省)に入省したエリート。京都府や札幌市にも出向経験があり、地方の行政運営では豊富な経験を持つ。



 2012年に神戸市の副市長となり、矢田市長の不出馬で後継指名を受け翌13年10月の市長選では、次点候補に5700票余りの僅差で初当選した。1期目には三宮駅前・ウォーターフロントの再開発や行財政改革に取り組んだものの、いかにも官僚出身の首長が行う政策という次元で、市民にとって魅力ある政策とは言えないだろう。

 現在2期目にあり、堅実に地域課題に取り組み、成果を出そうとはしているが、目に見えて景気が良くなり、市民が豊かさを実感できるとまでには行っていない。経済的な問題は国の政策の方が大きく関わるからだ。

 一方、住民からすれば、市議は首長や職員ほど行政を動かしている風には見えない。三権分立だから当然のことなのだが、市議としては選挙を考えれば市民や地場企業を通じた地域の要望を議会に諮り、行政運営に反映させることも重要な仕事になる。

 今回の条例も、市のビジョンや行動計画ではなかなか結果が出にくいことで、市議たちが地場産業の課題を集約する形で議員立法に動いたと考えられる。

 条例にすれば、行政運営や地域づくりの基本となる考え方が明らかにできるし、市民もこれに合意し共有することになるから、市政の基本にしていけるのだ。市長に対し毎年度、施策の実施状況を議会に報告する義務を課したのも、首長の責任を法的に明確化したと言える。

 裏を返せば、条例の制定で議会運営では、ファッション関連の振興事業などが条例に合致してるかを議会として市側に問いただせることもできる。条例を盾に取ると言えば言い過ぎだが、税金を垂れ流すような事業に対し、議会はチェックしやすくなるのは確かだ。むしろ、議員と癒着がありそうな業者への事業発注の方が懸念される。そこは襟を正して、市政運営に取り組んでいただきたいものだ。

 ただ、これで神戸市のファッション産業が浮揚し、活性化に繋がっていくかである。それには市民一人一人の意識も関わってくる。「地元産のお洒落な服を着ないと、条例違反だ」と言われることはないし、まして罰則などを課せるはずもない。条例があっても、あくまでに市民一人一人の意識と考え方、そして行動になる。

 筆者が業界に入った頃、神戸ファッションのセンスの良さは日本でも群を抜いていた。ワールドやジャバグループを筆頭に中小のアパレルが切磋琢磨して、個性的な服を次々と生み出していた。これが神戸経済を牽引していたのも事実だ。



 その後、バブルが崩壊し、阪神淡路大震災を経て、神戸市は復興、再開発の道を歩んできた。だが、もうハード整備を繰り返しても、経済が活性化することはないだろう。ハーバーランドの再開発で、THREEPPYのテナントに100円ショップが入ったニュースなんかを見ると、これがあのお洒落な神戸の姿なのかと目を疑った。政令市であろうと、全国一律売れるものは同じなのだから、しかたない面もあるのだが、あまりに寂しい気持ちがする。

 やはり地元産のファッション消費を先鋭化させるには、流通小売り業者との緊密な連携も欠かせない。セレクトショップの「リステア」はルシェルブルーとして神戸で産声をあげたし、筆者が感度の面で評価する「ル・ゼフィール」も神戸発だ。

 神戸はそんなショップに囲まれて、お洒落な人が数多くいらっしゃる。だから、老弱男女を問わずそうした方々を市民モデルとしてファッションアイコンに仕掛け、ライフスタイル提案からアピールしていくべきだ。SNSの時代なのだから。

 エキゾチックで瀟洒な街、神戸は決して色褪せない。地場にアパレルはじめ、シューズ、真珠、洋菓子と言ったお洒落の起爆剤になり得るものがある。他都市からすれば、実に羨ましい限りだ。神戸がおしゃれタウンの栄光を取り戻せることを期待して止まない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする