「チャイナプラスワン」と呼ばれて久しい。日本含め海外企業が中国で行うビジネスには政治や社会情勢、文化、習慣的の違いから、いろんな経済的な損失を被るリスクがある。それを回避するには、ASEANはじめ第三国とも取引を進めようという考え方だ。
ただ、日本のアパレルではブランドによりデザインや仕様、ロット、納期が違うため、柔軟に対応してもらうにはどうしても中国に発注せざるを得ない。昨年はコロナウイルス感染拡大の影響で、製品取引が一時ASEANに拡散した。しかし、今年は中国に戻ったことで逆に工場のキャパが満杯となり、日本向けを先延ばしてそれが納期遅れを生んでいる。それはチャイナプラスワンの一言では解決しないことを意味する。一例を挙げてみよう。
有望視されたミャンマーでもクーデター
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/df/9b537f5fdc04c958a8bde68b2939be90.jpg)
筆者が住む福岡市では数年前に地元企業のミャンマー進出を勧奨する動きがあった。同国初の経済特区「ティラワ経済特別区(SEZ)」(https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/fdi/industrial-park/developer-material/pdf/201904/mm_01.pdf)は、日緬両国の官民挙げた共同プロジェクト。首都ヤンゴンの南東約20kmに位置し、ティラワ港に隣接。デベロッパーのミャンマー・ジャパン・ティラワ・デベロップメント社は日本49%、ミャンマー51%の出資で設立され、日本側には住友商事、三菱商事、丸紅、JICAが名を連ねた。
総開発面積約2400haのうち、396haが2014年5月に販売開始され、15年9月に開業。まずは交通整備をはじめ農業支援、そこから派生する食品産業の充実に注力された。現在、進出企業は建設資材16社、食品・飲料11社、包装・容器10社、電力・電気10社、医療6社、自動車7社などで、アパレルなどの縫製事業者も9社ある。投資企業は世界で110社以上に及び、そのうち56社が日本企業になる。福岡の企業にミャンマー進出が勧められたのも、こうしたビジネスの新しい芽を育てようという機運からだ。
ところがである。政治の世界は一瞬先は闇と言われる。ミャンマーも例外ではなかった。2021年2月1日、国軍によるクーデターが発生。20年の同国連邦議会の総選挙でアウンサン・スーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が改選議席の8割以上を得たことに恐れをなした軍は、憲法で保障された権限を発動した。
この時、国連や欧米各国が国軍に市民の殺戮停止、スーチー女史などの逮捕者の即時釈放、民主化回復を求めた。ところが、日本企業は目立ったような態度を示さなかった。筆者はアジアの政治や経済の専門家ではない。あくまでミャンマー進出を後押しした地元関係者から聞いた話を元に推測するが、特区を含め経済的にすり寄りたい日本企業と軍との深い接点が影響したのではないか。考えられる理由を以下であげてみたい。
もともと、ミャンマーは多宗教・多民族国家だったため、軍部と少数民族と対立が絶えなかった。ロヒンギャ問題が典型的だ。国軍は罪のない多くの人々を抑圧虐殺するなどの非人道的行為に走った。2011年には軍事政権のテイン・セイン大統領がアウンサン・スーチー氏の軟禁を解いてNLDを野党と公認したため、いかにも民主化が進むように見えたが、実際にはそうはならなかった。
なぜなら、2008年制定のミャンマー憲法では、国会議席の4分の1が軍人に割り当てられ、非常時には国軍司令官が国民に対するあらゆる権限を掌握できるように規定されている。憲法改正には議員の4分の3以上の賛成が必要になるが、軍が連邦議会の議席の4分の1を割り当てられているので事実上、改正は不可能だ。つまり、軍の意思でいつでも政治介入ができるというわけだ。
それゆえ、現役軍人や退役した元軍幹部が複数の国内産業に食い込んでいる。120もの事業を共同で展開する「ミャンマー経済ホールディングスリミテッド(MEHL)」と「ミャンマー経済公社(MEC)」が典型的だ。国軍はミャンマーにおける経済活動の中核を実質的に支配していると言っても過言ではない。
それ以外にも国軍は広大な土地を所有して仲介業者、代理会社を通じて自己資金を調達しており、その事業は農業から鉱業(宝石の翡翠など)、醸造所、運輸業、果てはホテルや銀行、国際貿易までと多岐にわたる。スーチー氏率いる文民政府は、国軍が事業で調達した資金を十分に監視できていないと指摘されてきた。
ASEANシフトはリスク覚悟で
つまり、ミャンマーが民主化したからと言って、長年にわたって国民が軍に抑圧されてきた国情からすれば、民間企業がすぐに成長できるような土壌はないということ。逆に軍事政権の方が指揮命令系統が確立しているので国をコントロールしやすく、企業経営も安定する。ある意味、北朝鮮と同じと言えるだろう。
ミャンマーで外国政府がODA(政府開発援助)、外国企業が投資を行なって経済活動を展開することは、結果として軍の経済活動を支援することにつながる。国軍によるクーデターは皮肉にも諸外国の経済支援や投資がそれを後押しし、国民の人権や安全、就労環境の保持を不安定にする状況を浮き彫りにした。
現状ではクーデターがSEZでのビジネスを揺るがせたという報道はない。と言うか、ミャンマーの国情は日本の商社にとって先刻、織り込み済みだろう。何せ、人殺しと人身売買以外は何でもやると言われる会社だ。綺麗ごとを言っていても、海外でのビジネス展開はできない。あくまで政治と経済は別だと。つまり、ミャンマーに進出するには、そうしたリスクを抱えなければならないのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/82/42b4f37b3dc8e1d4b6dc96478cad3ba4.jpg)
それは中国での事業も同じではないか。いくらチャイナプラスワンといったところで、アパレルビジネスのように量産と効率を追いかければ、どうしても中国に頼らざるを得ない。また、おしゃれ衣料のように仕様が複雑になると、まだまだチャイナプラスワンというわけにはいかない。つまり、中国を筆頭に各国で国情が違う=カントリーリスクを前提で、その国をどう捉え、どう向き合うかが重要になるのだ。
この夏、ユニクロの店頭に並んだTシャツがある。8〜9オンス程度の厚手で、洗いをかけてあった。タグの生産国を確認すると「カンボジア」。UTの一部も同国製だった。ユニクロが使用する綿の生産にウイグルの人々が強制労働されているとの疑いから、米国では輸入差し止めにまで発展した。日本では不買運動までは起こっていないが、ユニクロ側は短期的な視点で中国製のネガティブイメージを払拭したかったと思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/e5/ea6c156f7e230f45f2fe87a8dc409542.jpg)
もちろん、中長期的にはカットソーのような単純仕様のアイテムは、中国以外で生産する体制を築きたいだろう。ただ、カンボジアも元は「クメール・ルージュ(ポルポト派)」という軍事政権が支配していた国。再び政情不安が起きないという保証はどこにもない。それはバングラデッシュやパキスタンにも言えることだ。
マーケットとして中国を見れば、内販を進めて行かざるを得ない。知り合いが上海に出店しているが、若者が堂々と10万円以上の商品をスマホ決済していくと、語っていた。また、先月、レザージャケットのリメイクで話したYKK代理店の担当者も、中国では最高級ファスナー「エクセラ」をはじめ、いろんなアイテムの引き合いが多いと。そのため、個人発注のような「ロットの少ないものは1ヶ月以上の待ちが続くのでご了解を」と、理を入れてきた。
日本では低価格商品が主流だから、ファスナーのような資材にもコスト圧力がかかる。当然、資材メーカーとしては中国内販を強化した方が収益は上がる。一方、アパレルメーカーの中にはコロナ禍で工場側に製造を受け入れてもらえないところがある。コロナ禍が収束すれば元に戻っていくとの楽観的な見方もあるが、人件費が確実に上がっているわけで生産基地としての限界が近づいているのも確かだろう。
ASEAN諸国ではミャンマーのように政情不安のところもあり、リスク管理の上で中国は欠かせないという考えはわかる。工賃などを値上げをすれば、中国生産も維持できると言われる。だが、日本では時給を10円アップするにも、労働者の賃金をあげたい行政と利益を削りたくない企業との間で攻防が凄まじい。なのに中国における1ドルのコスト増を日本国内での販売価格に転嫁させれば、どうなるのか。
岸田内閣は没落した中間層の復活を政策の旗印に掲げており、それには産業構造の再編が欠かせない。低価格商品の製造ではチャイナプラスワンを進めつつ、国内企業はアパレル含め付加価値の高い商品を生み出すビジネスモデルにシフトする必要もある。そのためには対応できる人材を国をあげて育成ことが求められるのだ。
こうした産業に中間層が携わることで強化できるし、デフレを解消する物価上昇にも貢献していくのではないかと思う。100円値上げされた商品を購入できるようにするには、100円でも高い賃金を得られる能力を持てることが必須なのだから。
ただ、日本のアパレルではブランドによりデザインや仕様、ロット、納期が違うため、柔軟に対応してもらうにはどうしても中国に発注せざるを得ない。昨年はコロナウイルス感染拡大の影響で、製品取引が一時ASEANに拡散した。しかし、今年は中国に戻ったことで逆に工場のキャパが満杯となり、日本向けを先延ばしてそれが納期遅れを生んでいる。それはチャイナプラスワンの一言では解決しないことを意味する。一例を挙げてみよう。
有望視されたミャンマーでもクーデター
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/df/9b537f5fdc04c958a8bde68b2939be90.jpg)
筆者が住む福岡市では数年前に地元企業のミャンマー進出を勧奨する動きがあった。同国初の経済特区「ティラワ経済特別区(SEZ)」(https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/fdi/industrial-park/developer-material/pdf/201904/mm_01.pdf)は、日緬両国の官民挙げた共同プロジェクト。首都ヤンゴンの南東約20kmに位置し、ティラワ港に隣接。デベロッパーのミャンマー・ジャパン・ティラワ・デベロップメント社は日本49%、ミャンマー51%の出資で設立され、日本側には住友商事、三菱商事、丸紅、JICAが名を連ねた。
総開発面積約2400haのうち、396haが2014年5月に販売開始され、15年9月に開業。まずは交通整備をはじめ農業支援、そこから派生する食品産業の充実に注力された。現在、進出企業は建設資材16社、食品・飲料11社、包装・容器10社、電力・電気10社、医療6社、自動車7社などで、アパレルなどの縫製事業者も9社ある。投資企業は世界で110社以上に及び、そのうち56社が日本企業になる。福岡の企業にミャンマー進出が勧められたのも、こうしたビジネスの新しい芽を育てようという機運からだ。
ところがである。政治の世界は一瞬先は闇と言われる。ミャンマーも例外ではなかった。2021年2月1日、国軍によるクーデターが発生。20年の同国連邦議会の総選挙でアウンサン・スーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が改選議席の8割以上を得たことに恐れをなした軍は、憲法で保障された権限を発動した。
この時、国連や欧米各国が国軍に市民の殺戮停止、スーチー女史などの逮捕者の即時釈放、民主化回復を求めた。ところが、日本企業は目立ったような態度を示さなかった。筆者はアジアの政治や経済の専門家ではない。あくまでミャンマー進出を後押しした地元関係者から聞いた話を元に推測するが、特区を含め経済的にすり寄りたい日本企業と軍との深い接点が影響したのではないか。考えられる理由を以下であげてみたい。
もともと、ミャンマーは多宗教・多民族国家だったため、軍部と少数民族と対立が絶えなかった。ロヒンギャ問題が典型的だ。国軍は罪のない多くの人々を抑圧虐殺するなどの非人道的行為に走った。2011年には軍事政権のテイン・セイン大統領がアウンサン・スーチー氏の軟禁を解いてNLDを野党と公認したため、いかにも民主化が進むように見えたが、実際にはそうはならなかった。
なぜなら、2008年制定のミャンマー憲法では、国会議席の4分の1が軍人に割り当てられ、非常時には国軍司令官が国民に対するあらゆる権限を掌握できるように規定されている。憲法改正には議員の4分の3以上の賛成が必要になるが、軍が連邦議会の議席の4分の1を割り当てられているので事実上、改正は不可能だ。つまり、軍の意思でいつでも政治介入ができるというわけだ。
それゆえ、現役軍人や退役した元軍幹部が複数の国内産業に食い込んでいる。120もの事業を共同で展開する「ミャンマー経済ホールディングスリミテッド(MEHL)」と「ミャンマー経済公社(MEC)」が典型的だ。国軍はミャンマーにおける経済活動の中核を実質的に支配していると言っても過言ではない。
それ以外にも国軍は広大な土地を所有して仲介業者、代理会社を通じて自己資金を調達しており、その事業は農業から鉱業(宝石の翡翠など)、醸造所、運輸業、果てはホテルや銀行、国際貿易までと多岐にわたる。スーチー氏率いる文民政府は、国軍が事業で調達した資金を十分に監視できていないと指摘されてきた。
ASEANシフトはリスク覚悟で
つまり、ミャンマーが民主化したからと言って、長年にわたって国民が軍に抑圧されてきた国情からすれば、民間企業がすぐに成長できるような土壌はないということ。逆に軍事政権の方が指揮命令系統が確立しているので国をコントロールしやすく、企業経営も安定する。ある意味、北朝鮮と同じと言えるだろう。
ミャンマーで外国政府がODA(政府開発援助)、外国企業が投資を行なって経済活動を展開することは、結果として軍の経済活動を支援することにつながる。国軍によるクーデターは皮肉にも諸外国の経済支援や投資がそれを後押しし、国民の人権や安全、就労環境の保持を不安定にする状況を浮き彫りにした。
現状ではクーデターがSEZでのビジネスを揺るがせたという報道はない。と言うか、ミャンマーの国情は日本の商社にとって先刻、織り込み済みだろう。何せ、人殺しと人身売買以外は何でもやると言われる会社だ。綺麗ごとを言っていても、海外でのビジネス展開はできない。あくまで政治と経済は別だと。つまり、ミャンマーに進出するには、そうしたリスクを抱えなければならないのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/82/42b4f37b3dc8e1d4b6dc96478cad3ba4.jpg)
それは中国での事業も同じではないか。いくらチャイナプラスワンといったところで、アパレルビジネスのように量産と効率を追いかければ、どうしても中国に頼らざるを得ない。また、おしゃれ衣料のように仕様が複雑になると、まだまだチャイナプラスワンというわけにはいかない。つまり、中国を筆頭に各国で国情が違う=カントリーリスクを前提で、その国をどう捉え、どう向き合うかが重要になるのだ。
この夏、ユニクロの店頭に並んだTシャツがある。8〜9オンス程度の厚手で、洗いをかけてあった。タグの生産国を確認すると「カンボジア」。UTの一部も同国製だった。ユニクロが使用する綿の生産にウイグルの人々が強制労働されているとの疑いから、米国では輸入差し止めにまで発展した。日本では不買運動までは起こっていないが、ユニクロ側は短期的な視点で中国製のネガティブイメージを払拭したかったと思う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/e5/ea6c156f7e230f45f2fe87a8dc409542.jpg)
もちろん、中長期的にはカットソーのような単純仕様のアイテムは、中国以外で生産する体制を築きたいだろう。ただ、カンボジアも元は「クメール・ルージュ(ポルポト派)」という軍事政権が支配していた国。再び政情不安が起きないという保証はどこにもない。それはバングラデッシュやパキスタンにも言えることだ。
マーケットとして中国を見れば、内販を進めて行かざるを得ない。知り合いが上海に出店しているが、若者が堂々と10万円以上の商品をスマホ決済していくと、語っていた。また、先月、レザージャケットのリメイクで話したYKK代理店の担当者も、中国では最高級ファスナー「エクセラ」をはじめ、いろんなアイテムの引き合いが多いと。そのため、個人発注のような「ロットの少ないものは1ヶ月以上の待ちが続くのでご了解を」と、理を入れてきた。
日本では低価格商品が主流だから、ファスナーのような資材にもコスト圧力がかかる。当然、資材メーカーとしては中国内販を強化した方が収益は上がる。一方、アパレルメーカーの中にはコロナ禍で工場側に製造を受け入れてもらえないところがある。コロナ禍が収束すれば元に戻っていくとの楽観的な見方もあるが、人件費が確実に上がっているわけで生産基地としての限界が近づいているのも確かだろう。
ASEAN諸国ではミャンマーのように政情不安のところもあり、リスク管理の上で中国は欠かせないという考えはわかる。工賃などを値上げをすれば、中国生産も維持できると言われる。だが、日本では時給を10円アップするにも、労働者の賃金をあげたい行政と利益を削りたくない企業との間で攻防が凄まじい。なのに中国における1ドルのコスト増を日本国内での販売価格に転嫁させれば、どうなるのか。
岸田内閣は没落した中間層の復活を政策の旗印に掲げており、それには産業構造の再編が欠かせない。低価格商品の製造ではチャイナプラスワンを進めつつ、国内企業はアパレル含め付加価値の高い商品を生み出すビジネスモデルにシフトする必要もある。そのためには対応できる人材を国をあげて育成ことが求められるのだ。
こうした産業に中間層が携わることで強化できるし、デフレを解消する物価上昇にも貢献していくのではないかと思う。100円値上げされた商品を購入できるようにするには、100円でも高い賃金を得られる能力を持てることが必須なのだから。