HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

バリュアップする副資材。

2021-10-20 06:39:02 | Weblog
 海外出張の時に購入したMA-1タイプのスウェードジャケットがある。最初に黒を買って次の出張では風防仕様となった薄茶を追加購入した。一時はこの2つをローテーションで冬中着ていた。その後、2着とも袖のリブがほつれたのに暖冬が重なり、ワードローブにしまったままになっていた。せっかくならリメイクして着ようと、3年前に黒の方は袖ごと鞣しの革に切り替え、袖口をジップ仕上げにすると驚くほどにカッコ良くなった。

 この秋は薄茶の方も同じ仕様にすることにした。自粛期間中に知り合いの革屋さんに色が似た革を探してもらうよう手配していたが、届いたサンプルは色合い、質感、厚みともドンピシャ。即決した。あとはファスナーだ。アパレル時代の伝で紹介してもらったYKKの代理店さんに依頼することにした。

 最新版のWebカタログには、最新アイテムがラインナップする。ファスナーはもちろん、ボールチェーン、繊維テープ、樹脂パーツなど、どれも創造力が刺激されるものだ。メタルファスナーではエレメントカラーもアルミからゴールド、アンティークゴールド、アンティークシルバー、ダルシルバー、黒染め、洋白まで揃う。

 「ムシ」も一番幅が狭いものから広いものまで6種類。それに加えてジャケットのダブルジップに不可欠な「逆開」にも対応可能だ。そこで、袖の切り替えと一緒にフロントをダブルジップにすることにした。全てエレメントカラー、ムシのサイズで逆開が可能なわけではないが、ジャケット本体の薄茶に合わせ、事前に使用したいものをカタログでピックアップしておけば、打ち合わせの時に現物のサンプルを見て確認することができる。

 ファスナーのサイズは自分で計測してもいいのだが、やはり担当者に直に測ってもらった方が間違いがない。非常にありがたいのは単品の発注にも関わらず、代理店側が気軽に応じてくれること。担当者は一切嫌な顔をしないのだから、非常に恐縮している。おまけにファスナーの現状を色々教えてもらこともできて勉強になる。今回は最高級タイプの「エクセラ」についても聞くことができた。

 筆者:「デザイナーの間では、エクセラを使いたいとの声があります」

 担当者:「欧米の高級ブランドが副資材の価値をアップした影響でしょうか」

 筆者:「レザーはバッグが主流だから、そちらからの引き合いが多いのですか」

 担当者:「高級ブランドにファスナーがレギュラーというのも何ですから」

 筆者:「革屋さんの話では、個人でバッグを作っている人まで、エクセラを選ぶとか」

 担当者:「使用する素材の全てが最高級品です。その分、価格も非常に高いのですが」

 筆者:「発注すると納期はどのくらいかかりますか」

 担当者:「今は数ヶ月待ちの状態ですね」


 会話はざっとこんな内容だった。レギュラーファスナーの2〜3倍なら発注しても良かったが、担当者の「非常に高い」との言葉に怯んでしまった。まあ、リメイクに使用するファスナーだし、ジップだけ高級にしてもしょうがない。だから、今回はレギュラーのもので、アンティークシルバーに決めた。それでも、こちらはフロントをダブル、両袖をシングルの計3本で1000円でお釣りが来るほどだ。

 業界メディアは原材料費が高騰していると書き立てる。ファスナーも単品では安く感じるが、量産すればそれがそのままコストになる。MDの担当者も、できれば素資材は10円でも安くしたいはずだ。それに何とか応えようというYKKの企業努力には感服する。一方で、高級ブランドのニーズにも対応しようと、ファスナーでも最上級の商品を開発する。たかがファスナー、されどファスナー。ここにも副資材メーカーとして妥協のない企業姿勢が窺える。


ファスナーの引手にチップを内蔵



 そんなYKKが子会社のYKK台湾を通じて新たな商品を開発した。ファスナーの引手にNFCチップを内蔵した「TouchLink™ (タッチリンク)」だ。https://www.ykk.co.jp/japanese/corporate/g_news/2021/20211007.html

 リリースによると、「(チップ内蔵の)引手にスマートフォンを近づけると登録情報を読み取り、ウェブサイトやアプリケーション等との連動ができます。例えば、従来はアパレル製品のタグ・ラベルなどに記載されているケア情報やトレーサビリティ、リサイクル情報、各種スマートフォンアプリ等の連携を TouchLink™ に設定することで、アパレル製品購入後もアパレルブランド様と一般生活者様を繋げ新しい顧客体験を提供します」。

 また、「TouchLink™ は従来の引手と同等の強度を確保しており繰り返しの使用や、NFCチップの情報を書き替えることで情報の拡張や継続的な顧客接点としても活用できます」とのこと。

 タッチリンク付きの商品を購入したお客は、引手にスマートフォンをかざすとチップに登録された情報を読み取ってwebサイトにアクセスできる。おそらく、PCでメーカーのサイトから必要な情報を検索するのとは違い、その商品の情報が素早く得られるとすれば、非常に便利だ。メーカー側もいろんな情報を発信できるし、マーケティングにも活用できる。双方がより近づく意味でもメリットは大きい。

 コストはどうなのだろうか。紙製タグにつけるICチップは、RFIDタグ(インレイ)の場合で、1枚2円程度になっている。こちらは商品管理のために利用するケースが多い。アパレルの場合は、お客が売場で商品を試着する時に情報を確認する場合がメーンだろう。商品を購入してタグを外せば、ICチップ共々保存しておくお客はそれほど多くないと思う。

 しかし、タッチリンクのようにファスナーの引手に内蔵されていれば、商品を着続ける間はいつでもメーカーが提供する情報にアクセスできるわけだ。商品が廃棄されるまでお客とメーカーの接点が途切れないのだから、それは画期的なこと。コストもファスナーという副資材の価格に吸収されるので、紙のタグほど導入が懸念されることはないと思う。

 YKK側もそうした面を考慮し、ファスナーの価格とチップの価値が十分に釣り合うと判断した上で、商品化に踏み切ったのではないか。開発したのがYKK台湾というところも、マーケットとして成長が期待できるアジア市場に照準を合わせる戦略。顧客との接点を緊密にし、アパレルと一緒になってデジタル化、情報発信能力を強化する狙いだろう。

 担当者の話では、メタルファスナーの引手は「鋳物」だとか。スポーツウエアのように洗濯の頻度が高い場合、劣化や破損も気になるところだが、担当者は「洗濯はファスナーを閉じた状態で行うことが基本です」と話す。それでも、タッチリンクの引手は従来と同等の強度を確保していると言うから、大丈夫だと思う。

 アパレルのクリエーションを左右するのはデザインや素材であることに変わりはない。それに加えて、商品の様々な情報がファスナーという副資材からリアルタイムで発信できるようになったことは、別の意味で商品価値をアップする。これからファスナーを見る目もだいぶ変わって行くと思う。
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