永年、ファッション業界に首を突っ込んでいること。加えてネットやSNSの浸透で最近、各所各社から原稿執筆やコメント依頼が舞い込むようになった。
先月もあるベンチャー企業がスタートするファッションビジネスのコミュニティサイトで、評論、解説のオファーをいただいた。東京出張に折りには、スタッフがわざわざ滞在先のホテルまで出向いて来られたほどである。
ファッションビジネス自体は非常に厳しい状況に追い込まれている。でも、ネット環境が充実したことで、運営スタッフはじめいろんな方々が、新たな可能性に取り組もうという姿勢には心が打たれる。そこで、自分にできることがあればと、オファーを快諾した。
ファッション業界が抱える課題として、深刻なのが人の問題である。有能な人材が集まらなくなっているし、スタッフを育てようにも育て切れなくなっているからである。そこで、ファッションの人材教育について、考えてみたい。
業界はデフレの時代があまりに長く続いたために、プライスの面で縮小均衡してしまった。販売競争での負け組みはついにブランド廃止、店舗閉鎖、人員削減にまで追い込まれている。
平成不況の時には、「ブランドやMDで差別化ができなければ、接客サービスで勝負する」と宣う経営者が百貨店をはじめ少なくなかった。だが、接客サービスの技術や能力は、たった半年や1年の一律的な指導教育で身につくものではない。
それ以上に販売スタッフとなる人間の素養、好き嫌い、やり甲斐、モチベーションなどが影響する。自己のキャラクターやベースの能力を教育によって開花させていかないと、なかなか一人前の販売スタッフは育てられないということである。
企業はどんどん店舗数を拡大するも、販売スタッフの育成が追いついていかなかった。しかも、業態の同質化で競合がエスカレートし、カニバリゼーションも進行。売上げは伸び悩んでいった。
企業にとって販売スタッフの接客サービスで差別化をはたし、競争力を付けるという目論見は外れ、その結果がブランドの廃止や店舗閉鎖を起こしたのである。
それだけではない。ネットの普及により、E-コマースが浸透すると、今度はメディアをはじめ経営者までもが手のひらを返したように、「有力な販路」「可能性は大」「積極投資する」と言い出す始末だ。
時間とコストをかけ、育つか育たないかのマンパワー、そんな不確実なものに投資するより、システムとテクノロジーさえ充実させれば、結果の発生が予見しやすいネットインフラの方が確実だと言っているようにも聞こえる。
声高に叫ばないにしても、裏を返せば「販売スタッフの教育、育成は容易ではない」と、経営者自らが認めたようなものである。
つまり、こうした構造転換した業界だからこそ、企業にしても、ファッション専門学校にしても、販売スタッフを教育し、有能な人材に育て上げることは、正当に評価されてしかるべきだし、競合他社が持ち得ない武器になるはずなのである。
では、販売スタッフ教育の現状はどうなのだろうか。企業では入社後の導入研修、OJTと定期的なフォローアップ、専門家による指導、セミナー受講、資格試験対策などだ。
しかし、目下、販売スタッフを育てることよりネットシフトの方が拡大しているので、目新しい教育が施されているとの話は伝わって来ない。むしろ教育投資はE-コマースなどへの資源集中から、縮小気味なのかもしれない。
駅ビルを運営するルミネが選出する「ルミネスト」がある。全店を対象に行われるロールプレイングのコンテストで、最も接客能力が高い販売スタッフに与えられる栄誉だ。ただ、これもルミネはデベロッパーとしてコンテストの場を提供するに過ぎない。
優秀な販売員を教育するのは、テナント出店する企業側である。毎年優秀な販売スタッフは選出されても、各企業がどこまで教育投資しているかはわからない。少なくとも販売スタッフ個々の力、勉強の結果によるところが大きいのではないかと思う。
数年前には、ファッションビルのパルコが大丸・松坂屋のJ.フロントリテイリング傘下入りした。これにより筆者の地元では、福岡パルコと大丸福岡店による「合同ロールプレイングコンテスト」なるものが開催された。
ただ、ロールプレイングは販売員教育の一手段で、決してイベントが教育目的足り得ない。オリンピックが各スポーツアスリートの目標であるのと同じで、それ自体を目的化してしまうと、2020東京大会のように様々な問題を露呈する。
福岡パルコ・大丸福岡店のケースも、協業をアピールするイベントのような感じだった。しかも、ローカルタレントを審査委員に起用するなど、コンテスト結果を受けた販売スタッフ教育までに踏み込めていない点で、実にお粗末な企画だったと言える。
その後、第2回のコンテストが開催されていないということを見ても、単なるイベントでしかなかったということがわかる。そもそも、ファッションビルと百貨店とでは、企業文化が違いすぎるし、販売教育に対する次元も異なるだろう。
各社ともご多分に漏れず、「教育に力を入れている」とは言うかもしれない。しかし、百貨店の大丸福岡店と言っても、接客サービスは相対的にそれほど高くないというのが筆者が買い物をしての印象である。
仲間内でコンテストをやったところで切磋琢磨はしないだろうし、タレントに審査してもらったところで、販売スタッフの高等教育、専門的な技術ノウハウは皆無に等しい。評価は経験豊かなプロが客観的に行うものだし、それでこそ勉強になるのである。
一方、ファッション専門学校の販売スタッフ教育はさらに酷い状況だ。平たく言えば、カリキュラムからほとんどなくなっていると言って良いだろう。
なぜかと言えば、少子化で学生募集が厳しくなっていること。若者が憧れる職種やカリキュラムでないと、学生が集められなくなっているからである。
ファッション専門学校が「洋服を作って売る」というアパレルの基本構造にそった教育を行うとすれば、デザイナー教育と販売員教育を両立させることが必要になる。
ところが、高々2年ほどの教育で簡単にデザイナー職に就けるわけはない。それはかつても今も変わらない。DCブランド全盛の頃には「ハウスマヌカン」という職業がもてはやされ、販売スタッフにスポットが当たった時期もあった。
一方で誰もがデザイン教育を受けたところで、簡単に服づくりはできないという現実に変わりは無く、大半は販売職に身を置かねばならなかったという映し鏡でもある。
しかし、販売職で大成するにも、きちんとした販売スタッフの教育を受けておかなければならないことに変わりはない。
高校生がそうした販売スタッフを取り巻く現状をネットなどで簡単に下調べできる昨今、あえて販売教育を受けたいと思う学生がそれほど多いとは思えない。
学校側もそれを熟知しているからこそ、スタイリストやプレス、良いとこバイヤーといった少しは夢のある職種を全面に出して学生募集を行うし、入学後のカリキュラムにも反映しているのである。
もっとも、ファッションビジネス学科系のカリキュラムは、「企画」「ブランディング」「検定対策」「イベント」「PC」などが主要の内容で、学生募集では「スタイリストになれる」と言っときながら、撮影の授業すら組まれない学校もあるほどだ。
「服を作っても商品が売れなければ、カネが入って来ないのだから、給料が払えるはずはない」という現実は、学生の夢を壊すことだから触れたくないというのが学校側の本音で、本当に必要な販売教育はなし崩しにされているのである。
まあ、洋裁学校の延長線で、昔取った杵柄にあぐらを組み、教えているおばちゃん先生が少なくないことも問題だろう。自分への教育投資は一切行わないで済むのだから、コストはかからず、学校を掛け持ちすれば稼げるという程度ではどうしようもない。
学生に対し偉そうに技術論を振りかざす前に、これだけ時代も業界も変わっているのだから、「あんたが専門学校に通って、デザインソフトだのWEBだのの勉強するのが先じゃないのか」と、突っ込んでやりたいくらいである。
ともあれ、専門学校では販売教育がほとんど行われないのだから、当然、そのツケは業界というか、企業に回る。その企業も教育できなくなっていることを考えると、今後販売スタッフをどう育てていけばいいのか。
筆者は一般の大学に通ったので、専門的な販売教育を受けたわけではない。マンションアパレルでは、会社の指示でファッションビジネス能力検定の2級の資格を取り、あとは日本色研が主催するファッションカラーのセミナーを受けた程度である。
取引先の専門店には、セール時の応援に何度か行ったが、そこでも店頭に立って活気を出すための声かけをしたり、あとは商品整理したくらいである。
本格的な販売スタッフの教育に触れるようになったのは、プレスプロモーションの仕事を始め、ブランドメーカーのFA(ファッションアドバイザー)募集広告や企業・入社案内を制作するようになってからだ。
ファッション業界誌に執筆するようになると、優秀な店長、販売スタッフのルポも書くようになり、接客技術に裏打ちされる販売力に切り込んで取材をしたこともある。
また、そうしたノウハウをもとに接客Gメン(最近で言うミステリーショッパー)の依頼を受け、店頭調査、結果レポートとアドバイス記事を何度かまとめ上げた。
こうした経験から販売スタッフ教育には触れてきた方だと思う。そこで考えるのは、販売教育はもう接客サービス業全体に広げて見ていかなければならないということだ。
ファッション業界がビジネスの登竜門=販売職といくら語ったところで、専門学校は販売スタッフ教育を放棄しつつあるわけだし、企業側も販売スタッフ募集に窮していることを考えれば、業界だけで行うのは無理がある。
「販売」という括りでは、何も人間だけが携わるものではない。売場づくり、編集、見せ方、什器や棚、VMDなども販売を行うための手法である。行きつく先がネットインフラということになるだろう。
であればこそ、洋服好きが販売員を目指すという発想は捨て去り、もっと枠を広げて接客サービスが好きという人間を育てていかなければならないと思う。サービス業としてのマンパワー、人間力が問われる職業である。
そうした人材育成を行う中で、アパレル対応も考えていくということだ。「商品は異なるけど、お客さんに接するということでは一緒」という感じでのアプローチとも言える。
商品価格が完全に下げ止まり、今後、すべてのアパレル、ブランドが価格を上げて高級品にシフトすることなどできるわけがない。ファストファッション、低価格商品が一定のマーケットを確保したのだからなおさらである。
第一、そうした商品を購入するお客の方が高度な接客サービスを求めるはずはない。ならば、既存の高級ブランドや高価格帯のオーダーを中心に、接客レベルを更に上げていけばいいと思う。
「高級品を販売するには、販売力がいる」「高級品のバイヤーほど、販売力も高い」という業界の定説は今も健在のはず。こうした中で、高級品にシフトしたい、価格戦略を買えたいブランドや業態は、販売スタッフ教育も並行して行っていかなければならない。
そのためには販売教育の専門機関が必要だろう。当然、教育はファッションに限らなくても良いと思う。例えば、高級ホテルのような接客サービスをベースにする。ホスピタル精神に基づいた対話やコミュニケーション術、所作や物腰、立ち振る舞い、マナーや敬語使いなどである。
販売に必要なアパレルの知識などすぐに身につけられるから、それほど心配する必要はない。不可欠なのは接客サービスの神髄をどう学ぶかである。
ファッション業界で販売職に携わりたいと考える人間は確実に減っている。しかも、販売職の先にあるバイヤーも、大手セレクトがSPA化している現状を考えると難しい。ユニクロなどの大手チェーンは、店長育成といった経営管理能力の開発に重点をおく。
個店の独立開業といっても販売力云々の前に、資金や経営力が不可欠になる。ましてオーナー自ら売ると言っても、常連客にホスピタリティある他人行儀な接客は必要ないだろう。
そう考えると、ファッション業界で販売スタッフの育成するための将来像を設定することは、ますます厳しいと言わざるを得ない。
しかし、接客サービス能力の醸成と考えれば、将来的な展望は開ける。日本のような成熟したマーケットでは、消費は確実にモノからコトへとシフトしている。お客は商品よりもサービスにお金を払う傾向が鮮明になっているのだ。
働く側の意識として、PCの前での事務的な仕事より、人と接する仕事が好きという若者が減っているとは思えない。アパレル側に夢も展望も望めなくなっているだけで、すべての接客サービスが否定されているわけではないのである。
であれば、アパレルでも高級オーダースーツの販売スタッフくらいは目指せるのではないか。サルトリアまでの技術はなくても、アドバイス術を身につければ鬼に金棒だ。レディスで言えば、プレタゾーンのお針子販売員が当てはまるだろう。
接客サービスの高度な技術能力を身につければ、業界以外でもつぶしは利く。宝飾品や高級時計、高級外車などの個人セールスだってあるだろう。
自分の接客能力次第で高額年俸を得ることも夢ではない。もちろん、ホテルマン&ウーマンもちろん、医療などへの転身も不可能ではない。
洋服好き=販売員予備軍は、幻想である。接客サービス業の可能性や将来性に触れて、人材を育成していかなければ、業界内部だけでの販売スタッフの育成は限界値に達していると思う。
先月もあるベンチャー企業がスタートするファッションビジネスのコミュニティサイトで、評論、解説のオファーをいただいた。東京出張に折りには、スタッフがわざわざ滞在先のホテルまで出向いて来られたほどである。
ファッションビジネス自体は非常に厳しい状況に追い込まれている。でも、ネット環境が充実したことで、運営スタッフはじめいろんな方々が、新たな可能性に取り組もうという姿勢には心が打たれる。そこで、自分にできることがあればと、オファーを快諾した。
ファッション業界が抱える課題として、深刻なのが人の問題である。有能な人材が集まらなくなっているし、スタッフを育てようにも育て切れなくなっているからである。そこで、ファッションの人材教育について、考えてみたい。
業界はデフレの時代があまりに長く続いたために、プライスの面で縮小均衡してしまった。販売競争での負け組みはついにブランド廃止、店舗閉鎖、人員削減にまで追い込まれている。
平成不況の時には、「ブランドやMDで差別化ができなければ、接客サービスで勝負する」と宣う経営者が百貨店をはじめ少なくなかった。だが、接客サービスの技術や能力は、たった半年や1年の一律的な指導教育で身につくものではない。
それ以上に販売スタッフとなる人間の素養、好き嫌い、やり甲斐、モチベーションなどが影響する。自己のキャラクターやベースの能力を教育によって開花させていかないと、なかなか一人前の販売スタッフは育てられないということである。
企業はどんどん店舗数を拡大するも、販売スタッフの育成が追いついていかなかった。しかも、業態の同質化で競合がエスカレートし、カニバリゼーションも進行。売上げは伸び悩んでいった。
企業にとって販売スタッフの接客サービスで差別化をはたし、競争力を付けるという目論見は外れ、その結果がブランドの廃止や店舗閉鎖を起こしたのである。
それだけではない。ネットの普及により、E-コマースが浸透すると、今度はメディアをはじめ経営者までもが手のひらを返したように、「有力な販路」「可能性は大」「積極投資する」と言い出す始末だ。
時間とコストをかけ、育つか育たないかのマンパワー、そんな不確実なものに投資するより、システムとテクノロジーさえ充実させれば、結果の発生が予見しやすいネットインフラの方が確実だと言っているようにも聞こえる。
声高に叫ばないにしても、裏を返せば「販売スタッフの教育、育成は容易ではない」と、経営者自らが認めたようなものである。
つまり、こうした構造転換した業界だからこそ、企業にしても、ファッション専門学校にしても、販売スタッフを教育し、有能な人材に育て上げることは、正当に評価されてしかるべきだし、競合他社が持ち得ない武器になるはずなのである。
では、販売スタッフ教育の現状はどうなのだろうか。企業では入社後の導入研修、OJTと定期的なフォローアップ、専門家による指導、セミナー受講、資格試験対策などだ。
しかし、目下、販売スタッフを育てることよりネットシフトの方が拡大しているので、目新しい教育が施されているとの話は伝わって来ない。むしろ教育投資はE-コマースなどへの資源集中から、縮小気味なのかもしれない。
駅ビルを運営するルミネが選出する「ルミネスト」がある。全店を対象に行われるロールプレイングのコンテストで、最も接客能力が高い販売スタッフに与えられる栄誉だ。ただ、これもルミネはデベロッパーとしてコンテストの場を提供するに過ぎない。
優秀な販売員を教育するのは、テナント出店する企業側である。毎年優秀な販売スタッフは選出されても、各企業がどこまで教育投資しているかはわからない。少なくとも販売スタッフ個々の力、勉強の結果によるところが大きいのではないかと思う。
数年前には、ファッションビルのパルコが大丸・松坂屋のJ.フロントリテイリング傘下入りした。これにより筆者の地元では、福岡パルコと大丸福岡店による「合同ロールプレイングコンテスト」なるものが開催された。
ただ、ロールプレイングは販売員教育の一手段で、決してイベントが教育目的足り得ない。オリンピックが各スポーツアスリートの目標であるのと同じで、それ自体を目的化してしまうと、2020東京大会のように様々な問題を露呈する。
福岡パルコ・大丸福岡店のケースも、協業をアピールするイベントのような感じだった。しかも、ローカルタレントを審査委員に起用するなど、コンテスト結果を受けた販売スタッフ教育までに踏み込めていない点で、実にお粗末な企画だったと言える。
その後、第2回のコンテストが開催されていないということを見ても、単なるイベントでしかなかったということがわかる。そもそも、ファッションビルと百貨店とでは、企業文化が違いすぎるし、販売教育に対する次元も異なるだろう。
各社ともご多分に漏れず、「教育に力を入れている」とは言うかもしれない。しかし、百貨店の大丸福岡店と言っても、接客サービスは相対的にそれほど高くないというのが筆者が買い物をしての印象である。
仲間内でコンテストをやったところで切磋琢磨はしないだろうし、タレントに審査してもらったところで、販売スタッフの高等教育、専門的な技術ノウハウは皆無に等しい。評価は経験豊かなプロが客観的に行うものだし、それでこそ勉強になるのである。
一方、ファッション専門学校の販売スタッフ教育はさらに酷い状況だ。平たく言えば、カリキュラムからほとんどなくなっていると言って良いだろう。
なぜかと言えば、少子化で学生募集が厳しくなっていること。若者が憧れる職種やカリキュラムでないと、学生が集められなくなっているからである。
ファッション専門学校が「洋服を作って売る」というアパレルの基本構造にそった教育を行うとすれば、デザイナー教育と販売員教育を両立させることが必要になる。
ところが、高々2年ほどの教育で簡単にデザイナー職に就けるわけはない。それはかつても今も変わらない。DCブランド全盛の頃には「ハウスマヌカン」という職業がもてはやされ、販売スタッフにスポットが当たった時期もあった。
一方で誰もがデザイン教育を受けたところで、簡単に服づくりはできないという現実に変わりは無く、大半は販売職に身を置かねばならなかったという映し鏡でもある。
しかし、販売職で大成するにも、きちんとした販売スタッフの教育を受けておかなければならないことに変わりはない。
高校生がそうした販売スタッフを取り巻く現状をネットなどで簡単に下調べできる昨今、あえて販売教育を受けたいと思う学生がそれほど多いとは思えない。
学校側もそれを熟知しているからこそ、スタイリストやプレス、良いとこバイヤーといった少しは夢のある職種を全面に出して学生募集を行うし、入学後のカリキュラムにも反映しているのである。
もっとも、ファッションビジネス学科系のカリキュラムは、「企画」「ブランディング」「検定対策」「イベント」「PC」などが主要の内容で、学生募集では「スタイリストになれる」と言っときながら、撮影の授業すら組まれない学校もあるほどだ。
「服を作っても商品が売れなければ、カネが入って来ないのだから、給料が払えるはずはない」という現実は、学生の夢を壊すことだから触れたくないというのが学校側の本音で、本当に必要な販売教育はなし崩しにされているのである。
まあ、洋裁学校の延長線で、昔取った杵柄にあぐらを組み、教えているおばちゃん先生が少なくないことも問題だろう。自分への教育投資は一切行わないで済むのだから、コストはかからず、学校を掛け持ちすれば稼げるという程度ではどうしようもない。
学生に対し偉そうに技術論を振りかざす前に、これだけ時代も業界も変わっているのだから、「あんたが専門学校に通って、デザインソフトだのWEBだのの勉強するのが先じゃないのか」と、突っ込んでやりたいくらいである。
ともあれ、専門学校では販売教育がほとんど行われないのだから、当然、そのツケは業界というか、企業に回る。その企業も教育できなくなっていることを考えると、今後販売スタッフをどう育てていけばいいのか。
筆者は一般の大学に通ったので、専門的な販売教育を受けたわけではない。マンションアパレルでは、会社の指示でファッションビジネス能力検定の2級の資格を取り、あとは日本色研が主催するファッションカラーのセミナーを受けた程度である。
取引先の専門店には、セール時の応援に何度か行ったが、そこでも店頭に立って活気を出すための声かけをしたり、あとは商品整理したくらいである。
本格的な販売スタッフの教育に触れるようになったのは、プレスプロモーションの仕事を始め、ブランドメーカーのFA(ファッションアドバイザー)募集広告や企業・入社案内を制作するようになってからだ。
ファッション業界誌に執筆するようになると、優秀な店長、販売スタッフのルポも書くようになり、接客技術に裏打ちされる販売力に切り込んで取材をしたこともある。
また、そうしたノウハウをもとに接客Gメン(最近で言うミステリーショッパー)の依頼を受け、店頭調査、結果レポートとアドバイス記事を何度かまとめ上げた。
こうした経験から販売スタッフ教育には触れてきた方だと思う。そこで考えるのは、販売教育はもう接客サービス業全体に広げて見ていかなければならないということだ。
ファッション業界がビジネスの登竜門=販売職といくら語ったところで、専門学校は販売スタッフ教育を放棄しつつあるわけだし、企業側も販売スタッフ募集に窮していることを考えれば、業界だけで行うのは無理がある。
「販売」という括りでは、何も人間だけが携わるものではない。売場づくり、編集、見せ方、什器や棚、VMDなども販売を行うための手法である。行きつく先がネットインフラということになるだろう。
であればこそ、洋服好きが販売員を目指すという発想は捨て去り、もっと枠を広げて接客サービスが好きという人間を育てていかなければならないと思う。サービス業としてのマンパワー、人間力が問われる職業である。
そうした人材育成を行う中で、アパレル対応も考えていくということだ。「商品は異なるけど、お客さんに接するということでは一緒」という感じでのアプローチとも言える。
商品価格が完全に下げ止まり、今後、すべてのアパレル、ブランドが価格を上げて高級品にシフトすることなどできるわけがない。ファストファッション、低価格商品が一定のマーケットを確保したのだからなおさらである。
第一、そうした商品を購入するお客の方が高度な接客サービスを求めるはずはない。ならば、既存の高級ブランドや高価格帯のオーダーを中心に、接客レベルを更に上げていけばいいと思う。
「高級品を販売するには、販売力がいる」「高級品のバイヤーほど、販売力も高い」という業界の定説は今も健在のはず。こうした中で、高級品にシフトしたい、価格戦略を買えたいブランドや業態は、販売スタッフ教育も並行して行っていかなければならない。
そのためには販売教育の専門機関が必要だろう。当然、教育はファッションに限らなくても良いと思う。例えば、高級ホテルのような接客サービスをベースにする。ホスピタル精神に基づいた対話やコミュニケーション術、所作や物腰、立ち振る舞い、マナーや敬語使いなどである。
販売に必要なアパレルの知識などすぐに身につけられるから、それほど心配する必要はない。不可欠なのは接客サービスの神髄をどう学ぶかである。
ファッション業界で販売職に携わりたいと考える人間は確実に減っている。しかも、販売職の先にあるバイヤーも、大手セレクトがSPA化している現状を考えると難しい。ユニクロなどの大手チェーンは、店長育成といった経営管理能力の開発に重点をおく。
個店の独立開業といっても販売力云々の前に、資金や経営力が不可欠になる。ましてオーナー自ら売ると言っても、常連客にホスピタリティある他人行儀な接客は必要ないだろう。
そう考えると、ファッション業界で販売スタッフの育成するための将来像を設定することは、ますます厳しいと言わざるを得ない。
しかし、接客サービス能力の醸成と考えれば、将来的な展望は開ける。日本のような成熟したマーケットでは、消費は確実にモノからコトへとシフトしている。お客は商品よりもサービスにお金を払う傾向が鮮明になっているのだ。
働く側の意識として、PCの前での事務的な仕事より、人と接する仕事が好きという若者が減っているとは思えない。アパレル側に夢も展望も望めなくなっているだけで、すべての接客サービスが否定されているわけではないのである。
であれば、アパレルでも高級オーダースーツの販売スタッフくらいは目指せるのではないか。サルトリアまでの技術はなくても、アドバイス術を身につければ鬼に金棒だ。レディスで言えば、プレタゾーンのお針子販売員が当てはまるだろう。
接客サービスの高度な技術能力を身につければ、業界以外でもつぶしは利く。宝飾品や高級時計、高級外車などの個人セールスだってあるだろう。
自分の接客能力次第で高額年俸を得ることも夢ではない。もちろん、ホテルマン&ウーマンもちろん、医療などへの転身も不可能ではない。
洋服好き=販売員予備軍は、幻想である。接客サービス業の可能性や将来性に触れて、人材を育成していかなければ、業界内部だけでの販売スタッフの育成は限界値に達していると思う。