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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
広島県安芸高田市の石丸伸二市長(41)が、昨年10月の記者会見で当サイトの記事内の一節と思われる一文を紹介していたことが明らかになった。8月20日に公開されたYouTubeの投稿で紹介された中国新聞の報道姿勢を糺すやり取りの中で言及したもので、当サイトが会見前日に公開した記事の一節と同じ文言。メディアの姿勢を問う文脈で使用されている。
全国的知名度誇る石丸市長
会見する石丸市長(同市公式チャンネル画面から)
以前から全国的知名度を誇る石丸市長は、現在、YouTubeでは時の人となっている。記者会見で中国新聞の胡子(えびす)洋記者の記事の誤りや偏向を会見で指摘し、相手の反論を論理的に1つ1つ丹念に封じていく様子には多くの賛同のコメントが寄せられている。
市の公式チャンネルが7月25日に公開した定例記者会見の動画は、8月21日午前の段階で前後編合計150万を超える再生数を誇る(広島県安芸高田市公式チャンネル・安芸高田市定例記者会見(2023年7月)前編 ほか)。お堅いイメージの地方公共団体のチャンネルの投稿としては異例の数値と言っていい。さらに切り取り動画も多数アップされ、軒並み10万以上の再生数となっている。
そんな中、当サイトの記事から引用されたと思われる会見の切り取り動画が20日に公開された。この動画の内容は、昨年9月の市議会の定例会の議場で、胡子記者が他の傍聴者に対して「市長があんな態度だから議会が反対するんですよね」と話しかけていたことが市長に伝えられ、その点について、市長が同記者に直接事実確認を行う場面が収録されている(Polistorm・【前編】中国新聞・胡子支局長の悪質な行為を問い詰める…)。この中で市長は3点、問い質した。
(1)話しかけた相手は、政治活動を行っている政治団体に所属する者ではないか
(2)こうした取材は新聞記者の取材として不適切と考えないか
(3)市長の態度を非難するという行為は論点のすり替えだという認識はあるか
最後の(3)については、市長が追加で説明をしている。市長の態度が悪い(から議会が反対する)とするが、一般質問の13人について議事進行は滞っていない。市長は相手の言動を見て応じており、相手がまともならまともな対応をする。そうでなければ、それはできない。その部分が論点のすり替えと指摘した部分であるとのこと。
質問に対する胡子記者の答えは以下であった。
(1)及び(2)に対して:議場で、政治活動をしている市民団体と話すことはある。ただ、その相手方に対して何を言ったか、市長の態度について非難をしていたかどうか、言ったかどうか記憶にない。言ってないとは言えない。ただただ、覚えていない。
(3)に対して:答えるに値しない。それは市長の見解なので。
最初の2点に対する質問と答えについては理解は容易であるが、(3)のやりとりは少々、分かりにくいため、ここで説明しておく。(3)で問題となっているのは2つの事象である。
A:市長の態度が悪い
B:議会が反対する
胡子記者はAとB、2つの事象につき、原因(A)と結果(B)という因果関係があるということの同意を政治団体所属者に求めたとされる。
一方、市長は態度が悪いと見られる場合もあることは認めている。しかし、それは相手(議員)の態度に合わせての対応であること、そして、当日、そうした態度であったかもしれないが、議会の反発はなかった点を指摘した。つまり、市長はAB間に因果関係は存在しないことを事実を摘示して証明しているのである。因果関係がない点をあたかもあるかのようにした点を「論点のすり替え」と表現したものと思われる。
取材源の秘匿
胡子記者が(3)の反論をするなら、端的にAB間に因果関係が存在することを証明するしかない。それができないなら、因果関係が存在すると誤信したことに合理的な理由があり、自らに責任はないことを主張する以外には方法はなさそうである。実際はどちらも為されていない。後述するように、情報提供者や正確な日時を示さないと答えようがないと、手続き論に終始した。
記事とは関係のない部分での行動についてどうこう言われる筋合いはない、という反論については(取材のために入場しているのなら、休憩時間であっても報道機関としての立場に拘束されるのは当然)という確認をされ、逃げ道を封じられている。
また、胡子記者は自分の話を聞いたという人間を明らかにしないと何も言えないと、目撃者に関する情報を明らかにすることを求めた。これは新聞社出身の筆者としては違和感を覚える部分。新聞記者にとって取材源の秘匿は最重要事項である。最高裁も「(取材源の秘匿)保護に値し、証言拒絶が認められるような秘密かどうかは、秘密の公表から生ずる不利益と、証言の拒絶により犠牲になる真実発見および裁判の公正との比較衡量により決せられる。…取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有するというべきである。」(最高裁平成18年10月3日第三小法廷決定)と判示している。
胡子記者も取材源の秘匿という言葉は口にしたことはあるはず。憲法が保障する取材の自由を盾に取材源を護ることは、新聞記者なら当たり前のことである。その取材源の秘匿を最高裁は公正な裁判原理との比較衡量により決せられるとしていることは心すべきこと。
法廷と記者会見場という違いはあるものの、基本的な構図は同様で、本件でもこの考えを援用することは間違いではない。おそらく、市長はこの判例を知っていたと思われ、取材源の公開を求める胡子記者に対して、目撃者に明らかにしていいか確認するとした。
胡子記者の反論の有効性
このやりとりがその後、どうなったのかは知らないが、胡子記者の反論は反論になっていないと感じるのは筆者だけではないはず。そもそも記憶を喚起するのに情報提供者の情報や、正確な時間など必要ない。それを示したところで「思い出しました!」ということなどないと思われる。
情報源の秘匿という記者の重要な権利を行使しながら、自らが説明を求める立場になった時に情報源の秘匿の解除を求めるのは新聞記者としての資質を疑わざるを得ない。
政治団体(左翼系団体と思われる)と世間話をしただけというのかもしれないが、胡子記者は当該団体の構成員に「市長があんな態度だから議会が反対するんですよね」と問いかけ、それに同意があったら、記事で「傍聴した市民は、市長の態度で議会が反対しているのではないかと話している」と書くのではないか。新聞記者だった筆者にすれば、記者が政治団体の構成員に目的なしに話しかけることなどあり得ないことは十分に分かっている。
市長はそうした公正公平な取材ではないことが行われていると感じ、取材の自由、報道の自由を行使する際には十分に注意せよという警告を発したかったものと思われる。残念ながら胡子記者は、動画を見る限り、それを全く理解できていないようである。
終末の日は遠くない
写真はイメージ
会見の途中、市長は以下のように述べている。冒頭で紹介した動画の17分30秒過ぎである。
「元新聞社の方、まぁOBと言うんですか、その方がある記事を投稿されていました。その中に最後こういう文章で終わっています。」
続けて市長は、当サイトの記事の一節を読み上げた。
「ただ一つ言えることは、新聞記者は読者から信用されるのが仕事を続けるモチベーションになり、そしてそれを失ったら仕事は続けられないということ。」
これは沖縄タイムスの阿部岳記者に対して、苦言を呈した記事(阿部岳記者ツイートは自作自演? 新聞社OBの分析)の終盤の一文である。会見は当該記事公開の翌日に行われており、市長は当該記事を引用したと思われる。そして、以下のように続けた。
「私が申し上げるまでもなく、新聞社の方、メディアの方は、この大事なことを重々ご存知でいらっしゃって、そして理解されていると思いますが、今回の重大な問題行動、問題のある言動について、改めてメディアとは何の為にあるのか、ジャーナリズムとは何なのかというのを世に問わなければならないと思った次第です。」
中国新聞と胡子記者は、取材対象からこのように厳しい言葉をもらったことを感謝すべき。急激な部数減でどの新聞社も厳しい状況にある。それはインターネットの普及という媒体の特性だけの問題ではない。記事の質、そのための取材手法、それ以前の記者の意識にも凋落の原因があることを理解しなければ、中国地方の名門新聞社も終末の日はそう遠くないことを知ることになるであろう。