沖縄県では米軍基地などの「軍用地」を街の不動産屋で買うことができる。現地の確認は難しいが、国から入る賃借料をもとに金融商品のように決まる価格が上がり続け、「軍用地バブル」とも言われてきた。
ところが、昨年、那覇地裁で担保不動産を売却する競売が急増した。背景には軍用地が売れ残る「在庫」が増えたことがある。沖縄の軍用地で何が起きているのか。
昨年3月、沖縄本島中部にある極東最大のアメリカ空軍基地「嘉手納飛行場」の西部、沖縄県嘉手納町にある土地が、那覇地裁で「競売」にかけられた。不良債権処理へ、担保不動産を強制的に売りさばくためだ。
グーグルマップの航空写真で見ると、基地を取り囲むフェンスから1kmほど中に入った駐車場になっている場所で、100mほど離れたところには米軍機が写っている。
こんな場所の土地が競売にかけられるのは「民有地」だからだ。所有していた同県宜野湾市の不動産会社が借金の返済に窮し、土地を担保に融資していた地銀が2022年7月に競売を申し立てた。実は、嘉手納飛行場の約2000haの敷地の9割は民有地が占める。
米軍専用施設の敷地の4割は「民有地」
沖縄には終戦後も米軍が駐留し、民間の土地を強制的に接収して基地を広げた。これに反発する「島ぐるみ闘争」が起き、土地の権利は守られた。このため、国土の0.6%に国内の米軍専用施設の7割が集中する沖縄県だが、その敷地の4割は民有地となっている。
日米地位協定にもとづいて、国が軍用地を借り上げ、所有者に賃借料を支払う。戦後から80年近くがたち、所有者のほとんどは代替わりした。
軍用地は、一部の投資家の間で「確実に賃借料が入り、定期預金より利回りが高い」などとして人気を集めるようになった。それも、売り買いがしやすいように「小口」に分割されることがある。
競売にかかった嘉手納飛行場の土地も、もとは708㎡あったが、2020年に70〜71㎡の10筆に細分化されて売り出された。それでも9筆が売れ残り、競売にかかった。入札の結果、1筆当たり約608万円から707万円で落札された。
軍用地の価格は沖縄の不動産市場で、年間の賃借料の何倍かで示される。例えば、707万円で落札された土地は年間約11万8000円の賃借料が入るので「約60倍」(年間利回りは約1.7%)だ。
この9筆で最も低かったのは「約52倍」(同1.9%)だった。軍用地はネットにも数多くの売却情報が出ているが、52倍から60倍の売却希望価格がついており、ほぼ相場に近い価格で売れたと見ることができる。
軍用地の相場は基地によって違う。基地の立地や、地元に返還される見通しなどが違うためとされる。
軍用地の競売が2023年に急増した理由
昨年3月の競売では、嘉手納飛行場の北側にある「嘉手納弾薬庫地区」に同じ不動産業者が持っていた3筆もかけられた。
約51倍で落札した大阪府の男性(40)は、「競売は不動産業者に支払う手数料がかからないので、その分は安く入手できると考えて相場程度の価格にした」と話した。この入札には12者が入札した。
競売は「たたき売り」のように言われることもある。しかし、少なくとも軍用地の場合、透明性が高く、現地を見なくても入札しやすいこともあって一般の相場と変わらない価格がつくようだ。
実は、軍用地の競売は2023年に急増した。9月までに計25件の競売があったが、2021~2022年は1件ずつで、その前は2012年までさかのぼらないと見つからない。
その背景には、金利の急激な変化がある。
米軍基地関連で働く女性(60)は、2008年のリーマンショックで投資してきた株が暴落したことを機に軍用地投資を始めた。初めて買ったのは那覇空港の敷地だった。
那覇空港は戦後も米空軍などが使い、本土復帰後の1975年に返還された。日本の公共飛行場は原則国有地だが、那覇空港の5分の1は民有地で、国が借り上げている。こうして、米軍基地の土地と同様に、軍用地に準じる扱いで売買されている。
2009年に女性が買ったのは年間賃料が約33万円入る83㎡で、保有していた株などを売却した約1200万円を充てた。「36倍」(年利約2.8%)だった。那覇空港は返還されることが考えにくいこともあって、投資家の人気が高いとされる。最近は60~65倍程度で売り出されている。倍近くに値上がりしたことになる。
「異次元緩和」で軍用地価格が上昇
このほか、女性は2011年に浦添市の「牧港補給地区」の土地約264㎡を「33倍」(同3.0%)で、2018年に読谷村の「トリイ通信施設」(約250㎡)を「47倍」(同2.1%)、2020年には北谷町の「キャンプ瑞慶覧」(約280㎡)を「45倍」(同2.2%)で買った。
女性が軍用地を買い増したタイミングは「アベノミクス」と重なる。2012年末に政権に復帰した自民党の安倍政権に呼応し、日銀の黒田東彦総裁(当時)が打ち出した「異次元緩和」で長期金利が大幅に低下。軍用地の利回りが有利に見えるようになり、価格は上昇した。
軍用地の「地主」になると、「軍用地主ローン」を使うことができる。地元の地銀やJAバンク、信用金庫などが、軍用地を担保に使途を限定しない資金を比較的低金利で貸してくれる。
女性は牧港以降、これで資金を借り、国からの賃借料などでローンを返しながら新たな軍用地を買い足してきたという。
こうして4つの軍用地の地主になった女性には年間で合計約165万円の賃借料が入る。女性は「値上がりしたが売るつもりはない。そろそろ仕事を辞めるので、年金の足しにする。2人の息子に相続してもらえばいい」と話している。
ところが、2022年に入ると大きな変化が訪れる。ロシアのウクライナ侵攻やアメリカの景気過熱によりインフレが進行。欧米の金融当局は金利の引き上げに動いた。
黒田日銀は長期金利の上昇を抑えようと、国債を無制限に買い入れる「指値オペ」などで抵抗したが、日本でも長期金利が上がり始めた。
逆回転を始めた「軍用地バブル」
前述の通り、沖縄の軍用地は、利回りから逆算して価格が決まる。「収益還元価格の日本での先駆けのような金融商品」(地元の不動産鑑定士)と言われる。軍用地を買う人は、基地内で現地を見ることが難しいこともあり、利回りだけで投資を決めることが珍しくない。
それだけに、軍用地には金利の影響が大きい。地元の不動産鑑定士は「これまでの低金利は異常だったので、軍用地の価格は高くなりすぎているかもしれない。長期金利が上昇しており、その影響は避けられない」と話す。
長期金利が上がれば、金融商品に投資家が期待する利回りも上がる。軍用地は賃借料が上がらなければ、元本である土地の値段(倍率)を下げなければ利回りは上がらない。金利が下がった時に土地代が上がったことの逆が起きるというわけだ。
2023年に競売にかけられた軍用地は、このころから銀行が差し押さえて手続きを進めてきたものだ。
価格の下落は人気が高いといわれる那覇空港にも及んだ。昨年10月、同空港内の174㎡の土地が値下げされた。仲介業者によると、約2年前に「63倍」の4720万円で売り出されたが、今回は2回目の値下げで60倍を切る「59倍」の4500万円まで下げたという。
沖縄出身で、那覇空港の土地を3筆持つ県外の投資家は「那覇空港は人気が高かったので、売り出されるとすぐに不動産屋に電話しないと手に入らないこともあった。最近は売れずに残っている物件が目立つ。値段も下がっている」と話す。
背景には大量の「在庫」がある。ある不動産会社は、オーナーが自ら買った那覇空港内の2カ所の土地を、それぞれ41分割と8分割にして2022年と2023年にそれぞれ売り出したが、2024年1月14日現在で41分割の土地は3筆、8分割の場所は1筆しか売れず、計45筆が売れ残った状態になっている。
価格は「65倍」なので、現状だとほかの物件に比べて高く見える。いずれも地銀からの融資の担保になっており、売れなくても簡単には値下げができないと見られる。
基地返還後の跡地利用の障害になる懸念も
一方、沖縄の米軍基地は住民が多い本島南部を中心に返還を進めると表明されている。その地主は、代替わりによる相続と軍用地売買で増え続けている。沖縄県によると、米軍基地の地主は2022年3月時点で国や自治体を含めて約4万7000だが、10年前より約1万1000も増えた。
軍用地売買では土地の利用を前提としない細分化が進み、返還を想定していない投資家の地主も多い。太平洋戦争の敗戦で米軍の占領が続き、基地に土地を奪われた沖縄県民が悲願とする米軍基地の返還だが、この状態では跡地利用の障害になる心配がある。