珍しくTBが来てると思ったら師匠筋からであった(Hi-Low Mix 昨今目立つスカタンについての私的感想)。
「知を広く展開するには、科学的でければ誰も検証できず、納得は得にくい,賛同者は現れるかもしれないが、それは検証をしようとしないスカタンである可能性が高い」。
知を展開しようとするなら,そう,科学的,論理的に行うべきだろう。何らかの主張をする場合,科学的論理的であることが望ましい。ただし「科学とは、知を検証可能な形で蓄積していくものである よって、科学に含まれない知も存在する その意味で、科学的でない知を一概に否定はできない」のである。
さて,ここで先方のコメント欄,ばべる氏の「圧倒的な実効性」「説得力」を参考に,「機能する/しない」「実効性がある/ない」「効力を持つ/持たない」という評価軸を持ち込んでみる。
誰かが検証もなく/足りず知(というか,まあ)或いは主張を公けにする場合,賛同者があることがあろう。とある人が,「某紛争地域では日本人は愛されていた。しかし日本人が殺害される事件が起こった。これは日本政府が,当該地域を侵略した米帝に協力して,現地での対日感情が悪化したためである」と主張する場合。
彼には賛同者が現れるだろう。彼は彼に同意する人々の群れを得ることがあるだろう。彼は講演会に呼ばれ,演説し,賞讃され,名声と(場合によっては)講演料を得,彼の率いる団体には寄付と志願者がくるだろう。
この場合,彼の「知」「主張」は機能しているのである。実際に効力があるのである。(あるグループの中で)彼と彼の一団は名声を勝ち得,資金を得,社会で活動できる。なんとその知はすばらしい効用を持つことだろう! そのサークル内で彼は圧倒的な存在感を示すだろう! 彼が動かすほどのお金なんて,恐らく私は一生手にすることはないのではないか?
でもそのサークルの外と接触すると,その知の枠組みは危機に晒されるわけで。
「現地の治安維持回復のために自衛隊派遣は必要ない」,彼は彼のサークルの中では,その主張を無前提に真実として語りえたのだけど,そのサークルの共通見解を共有しない場に出たとき,彼は言わざるを得なくなった:「根拠はよく分かりませんけど」自衛隊派遣の必要は無い,と。
これは彼の(現時点での)知的限界を露呈するものであり,彼の知の効用が国政の場に立つには力及ばないものであったことを告げ知らせるものでありましょう。
非理性的な知,非論理的な知にだって効用がある。それでなければ解決出来ない問題もあるだろう。可愛がってたミーちゃんが突如行方不明になり数年,ペットロスでダメ人間に成り果てた園辺度呉子さんが,ふらっと玄関先に現れた猫を見て,
『あああ毛色も鳴き声もオスメスも違ってるけど私を見上げるあの目の輝きはミーちゃん! あああ生まれかわって私のところに戻ってきてくれたのねー!!』
これで真人間に復帰して偉大なる哲学者として名前を残すほどになったとすれば,この非論理非理性的知には大いなる効用があったといえる。
わざわざ『明らかに違う猫でしょ? 転生ってあると思ってるの? 理論化できないでしょ? 実証されないでしょ? ばかなの? 死ぬの?』と皆でいじめ倒す必要なんかない。だってそれは,彼の心の慰めなんだから。彼がそれを普遍的真実だとして口にだしたりしないかぎりはな。
まーそれは家族内とか,極親しい友達,ご近所くらいでほわわんとしてればいーだけのことで。うっかり彼が『ミーちゃん転生の秘儀とその真実』とか国会議事堂で喋ったりしなければいいわけで。
喩えはアレだけど,つまり中村医師は『ミーちゃん(ry』みたいにお友達レベルで大論陣張るよーな(んで,みんなに「はい,はい。」って流されるよーな)種類のネタで国会議事堂デビューする破目になったというわけで,まぁ可哀想ではあるなと思ってあげはするのです(生暖かい視線とともに)。
以下初版(2008-11-17 20:22:25):
同じ名前でネット日記な方:「Teiresias」
週刊オブイェクト「中村哲医師が国会で「根拠はよく分かりませんけど自衛隊派遣の必然性は無いことをはっきり申し上げます」と力説」。なんて斜め上なんだろう中村氏。民主党は結局アフガン派遣したくない方針だろうし(でなきゃメルケルにも少しいい顔するだろう),『アフガン派遣不要論』をぶつ人を呼ぶこと自体は望むシナリオなんでしょうけど…ここまで斜め上では…。
上掲記事に対する「はてなブックマーク」の内,「2008年11月17日 matcho226 Military, アフガニスタン 根拠はよく分かりませんけど、中村医師を叩くって事はブッシュを支持し讃えるって事で良いですか?/ブッシュって今評判悪いから頭がこんがらがる。」は…ある意味,勉強になる。
要は,世界をゼロとイチとで,右と左とで,ブッシュと反ブッシュとで色分けしたがる,またはそうでないと世界を認識できない人が存在するのだろう。或いは,日本の言論界を朝日新聞と愛国者とに分けるような。そーいうひとが割といるのだろう。
1. 中村氏はアフガン農村改良に貢献した。これは讃えられるべきことだ。
2. 中村氏はペシャワール会スタッフを引き揚げるべき時期を見誤った。それで一人有能なスタッフを喪った。結果的に判断ミスを責められるべきだし,プロジェクト責任者として責任を負うべきである。
3. 中村氏の今回の国会での証言は(週刊オブイェクトから通して見る限り)現地での経験と事実誤認と非論理と個人的信条の吐露の混成物で,少なくとも筋道だって相手を説得する性質のものではない。
4. 3.からみて,彼は基本的に(以下略
私としては中村氏について以上の感想を抱き,それぞれ全く矛盾するものではないと思うのだが…。
「知を広く展開するには、科学的でければ誰も検証できず、納得は得にくい,賛同者は現れるかもしれないが、それは検証をしようとしないスカタンである可能性が高い」。
知を展開しようとするなら,そう,科学的,論理的に行うべきだろう。何らかの主張をする場合,科学的論理的であることが望ましい。ただし「科学とは、知を検証可能な形で蓄積していくものである よって、科学に含まれない知も存在する その意味で、科学的でない知を一概に否定はできない」のである。
さて,ここで先方のコメント欄,ばべる氏の「圧倒的な実効性」「説得力」を参考に,「機能する/しない」「実効性がある/ない」「効力を持つ/持たない」という評価軸を持ち込んでみる。
誰かが検証もなく/足りず知(というか,まあ)或いは主張を公けにする場合,賛同者があることがあろう。とある人が,「某紛争地域では日本人は愛されていた。しかし日本人が殺害される事件が起こった。これは日本政府が,当該地域を侵略した米帝に協力して,現地での対日感情が悪化したためである」と主張する場合。
彼には賛同者が現れるだろう。彼は彼に同意する人々の群れを得ることがあるだろう。彼は講演会に呼ばれ,演説し,賞讃され,名声と(場合によっては)講演料を得,彼の率いる団体には寄付と志願者がくるだろう。
この場合,彼の「知」「主張」は機能しているのである。実際に効力があるのである。(あるグループの中で)彼と彼の一団は名声を勝ち得,資金を得,社会で活動できる。なんとその知はすばらしい効用を持つことだろう! そのサークル内で彼は圧倒的な存在感を示すだろう! 彼が動かすほどのお金なんて,恐らく私は一生手にすることはないのではないか?
でもそのサークルの外と接触すると,その知の枠組みは危機に晒されるわけで。
「現地の治安維持回復のために自衛隊派遣は必要ない」,彼は彼のサークルの中では,その主張を無前提に真実として語りえたのだけど,そのサークルの共通見解を共有しない場に出たとき,彼は言わざるを得なくなった:「根拠はよく分かりませんけど」自衛隊派遣の必要は無い,と。
これは彼の(現時点での)知的限界を露呈するものであり,彼の知の効用が国政の場に立つには力及ばないものであったことを告げ知らせるものでありましょう。
非理性的な知,非論理的な知にだって効用がある。それでなければ解決出来ない問題もあるだろう。可愛がってたミーちゃんが突如行方不明になり数年,ペットロスでダメ人間に成り果てた園辺度呉子さんが,ふらっと玄関先に現れた猫を見て,
『あああ毛色も鳴き声もオスメスも違ってるけど私を見上げるあの目の輝きはミーちゃん! あああ生まれかわって私のところに戻ってきてくれたのねー!!』
これで真人間に復帰して偉大なる哲学者として名前を残すほどになったとすれば,この非論理非理性的知には大いなる効用があったといえる。
わざわざ『明らかに違う猫でしょ? 転生ってあると思ってるの? 理論化できないでしょ? 実証されないでしょ? ばかなの? 死ぬの?』と皆でいじめ倒す必要なんかない。だってそれは,彼の心の慰めなんだから。彼がそれを普遍的真実だとして口にだしたりしないかぎりはな。
まーそれは家族内とか,極親しい友達,ご近所くらいでほわわんとしてればいーだけのことで。うっかり彼が『ミーちゃん転生の秘儀とその真実』とか国会議事堂で喋ったりしなければいいわけで。
喩えはアレだけど,つまり中村医師は『ミーちゃん(ry』みたいにお友達レベルで大論陣張るよーな(んで,みんなに「はい,はい。」って流されるよーな)種類のネタで国会議事堂デビューする破目になったというわけで,まぁ可哀想ではあるなと思ってあげはするのです(生暖かい視線とともに)。
以下初版(2008-11-17 20:22:25):
同じ名前でネット日記な方:「Teiresias」
週刊オブイェクト「中村哲医師が国会で「根拠はよく分かりませんけど自衛隊派遣の必然性は無いことをはっきり申し上げます」と力説」。なんて斜め上なんだろう中村氏。民主党は結局アフガン派遣したくない方針だろうし(でなきゃメルケルにも少しいい顔するだろう),『アフガン派遣不要論』をぶつ人を呼ぶこと自体は望むシナリオなんでしょうけど…ここまで斜め上では…。
上掲記事に対する「はてなブックマーク」の内,「2008年11月17日 matcho226 Military, アフガニスタン 根拠はよく分かりませんけど、中村医師を叩くって事はブッシュを支持し讃えるって事で良いですか?/ブッシュって今評判悪いから頭がこんがらがる。」は…ある意味,勉強になる。
要は,世界をゼロとイチとで,右と左とで,ブッシュと反ブッシュとで色分けしたがる,またはそうでないと世界を認識できない人が存在するのだろう。或いは,日本の言論界を朝日新聞と愛国者とに分けるような。そーいうひとが割といるのだろう。
1. 中村氏はアフガン農村改良に貢献した。これは讃えられるべきことだ。
2. 中村氏はペシャワール会スタッフを引き揚げるべき時期を見誤った。それで一人有能なスタッフを喪った。結果的に判断ミスを責められるべきだし,プロジェクト責任者として責任を負うべきである。
3. 中村氏の今回の国会での証言は(週刊オブイェクトから通して見る限り)現地での経験と事実誤認と非論理と個人的信条の吐露の混成物で,少なくとも筋道だって相手を説得する性質のものではない。
4. 3.からみて,彼は基本的に(以下略
私としては中村氏について以上の感想を抱き,それぞれ全く矛盾するものではないと思うのだが…。
私の偏見とかゆがんだとらえ方のせい…ですよね。
1.一昔前なら「床屋政談」で済んでいたものが,近年はこうしてblog,掲示板等々で容易に多くの目に触れるようになり,
2.1.のような人はしばしば「声」が大きく悪い意味で目立つ。
3.そうした,いわば下々の漫談を指導する立場にあるだろう新聞TVなどのマスメディアの中の人の質の低下が起きている(のは,まず確実だろう)。
4.こうしたメディアは,どっちみち商業メディアで,売れないものは流せない(流す余地が少ない)。
4.1.質の高い言論は未だ存在する(と思われる)ものの,商業レベルに乗らない。乗るときには紙数等々の関係上劣化バージョンとならざるを得ず,どっちみち大した影響力を持たない
4.2.メディアは容易に利潤をあげるため,容易に売れるネタを(求め,)採用する(英雄,新星,王子,セレブ等々)。一定の効果はあるが,(費用対効果を求めるためか)実像以上を求めることは問題を引き起こす(端的には亀田2号)。
4.2.1.行き詰る。メディアへの信用も下落する。
5.そーした「英雄」がうっかり国政レベルに出てきたりするとエライことに(中村医師)。
「暴力反対」などと『正しいこと』を言っているからと言って,その論理構成その他まで正しいことを保証しはしない,というのは田母神前空幕長を盲目的に支持する人々も銘記すべき事柄ですねー。
私の信ずるところ,中村医師にせよ田母神前空幕長にせよこないだスピード辞任に至ったナントカ言う国交相にせよ,その(倫理的)罪はその思想ではなく,その思想宣布における絶望的無能にあるとおもう。
そーいえば私のこのデータ集積は何の役に立つのだろうとはたと疑問に思った次第。
ソマリア関係だけで現状500件の記事があるんですが,無論論文か何かに使えるレベルの情報集積じゃないし。そもそもアフリカ事情なんぞ,本業的には全く以って知ったことじゃないのだったり。
もし「データを蓄えている人がいる」という事実を示せないなら、そこで選択肢が失われる。そんなケースは色々有り得ると私は考えます。そのデータが平素あまり顧みられないものであれば、なおさらです。
そのようなケースがいつ発生するのか、そもそも発生する可能性はどれぐらいかは、私にはわかりません。
ひょっとすると、パンをくわえた転校生と番長が街角でぶつかるぐらいの奇跡でもないと、そんなケースは生じないかもしれません。
しかしまあ、私やあなたが大宇宙という虚無の中に存在するという事実を考えれば、案外、奇跡というのはおこるものなのではないでしょうか。
>「なにもおきていないな」と確認する程度の役割
虐殺戦闘難民飢餓伝染病難民突き落とし海上漂流移民船転覆裏切りクーデター内紛銃撃暗殺爆発海賊戦争砲撃国連介入…
なんだ,アフリカはいつもどおりじゃないかと確認する効用が(汗
…ほんとどうしようもない…。
ですが、知人に左翼運動、右翼運動どちらにも参加した事がある人がいるんですが、スローガンを掲げて運動を始めると似たような人ばかり集まって最後は動脈硬化を起こすと。結局現実世界でも、似たような事が起こっていると言えると思います。
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B5%A5%A4%A5%D0%A1%BC%A5%AB%A5%B9%A5%B1%A1%BC%A5%C9
を読んでいただけると良いかと(直リンしようとしましたが、不正なURLとはじかれました)。
サイバー空間だろうが三次元世界だろうがアニメ世界だろうが,どっちみち人間がしてることなので同じような世界が展開されるのは理の当然ではありますかねー。
ところで最新のネタが:
「ぼくのかんがえたくーでたー」(tttp://youmenipip.exblog.jp/9667762/)
決起する憂国の志士たちは極めて優秀有能八面六臂に絶対的決定しまくってるので暗殺からなにから一日でできちゃうにきまってるじゃないですか11!!1!!!!
…(逆)才能あるなあ…このひと…。(経由地:椰子神様http://d.hatena.ne.jp/plummet/20081120/p1#seemore)
>不正なURLとはじかれました
最近,なにか以前より厳しい規制が掛かっているようなのです。何がどうなっているのか調べる気もないので分かりませんが…。
私もメモ用にコメント書き込みしようとすると「入力内容を確認してください」て一度撥ねられます。
「226って知ってるか」的なー。
敗戦時の笑い話がありますねー。抗戦派将校が玉音放送阻止しようとしたりして密談するに:
「降伏とは何事か。今からでも(ry」
「だが天皇陛下の御意志とあらば」
「なにするものぞ,大丈夫だ,我々にはまだ大元帥陛下がいらっしゃる」
…まあ昔からその種の人々はいたものだという。
しかしクーデターの記事で、むしろ注目に値するのは支持者の多さだと思います(全部には目を通してませんが)。
一昔前で言えばマスコミから情報を得て、世間体を気にして生きているのがせいぜいというライフスタイルが、今のネットでは例えば、Stickamで自分の動画をリアルタイムで流してる人が、閲覧者にのせられるがまま、とんでもない事をやり始め、あまりに常識外れなので縁を切ったとかいう話を友人から聞きました。まぁその人はネットがなくても常識外れな人間だったという可能性は排除できませんが。
ところで、敗戦時の話といえば、抗戦派将校に反対した中将が、最後は殺されてしまうのですが、その前に部下に語った言葉で「日本はなぜ負けたのか?戦略を軽視したからだ。ではなぜ戦略が軽視されたのか?情報が軽視されたからだ。ではなぜ情報が軽視されたのか?それは大事な事は秘密として記録に残されなかったからだ」とか言っていたと思います。
情報を軽視しないよう頑張りたいと思います。