17.刺青
現在、デジャヴ現象を説明するメカニズムとして以下の3つが考えられている。
1.海馬傍回の突発的な神経活動
脳内の空間処理と"慣れ"の感覚を処理する部分である海馬傍回における小さな発作が原因であるとするもの。
2.第二視覚路の遅延
視覚情報は二つの経路を通過して認識される。一つは後頭葉にある視覚皮質へと直接届き、もう一つはそれより若干遅れて、後頭葉へと向かいながら脳の様々なエリア、特に頭頂葉を経由する。第二視覚路の刺激が何らかの理由で特に遅れた場合、脳はこれら二つの視覚路からの情報を、それぞれ別の体験として認識することがデジャヴの原因と推測するもの。
3.不注意による錯覚
二度目の訪問時、海馬はその景色を見た事がないものとして意識的に処理するが、一方で短期記憶の中には、前回の訪問時に見た景色の情報がいまだに残されており、それを「見た事がある」と認識することによるもの。
いまのところ、どの説が正しいのか、決着はついていない。しかしながら、デジャヴは実際に見た視覚イメージの脳内処理の問題にすぎず、予知とは本質的に異なることは確かだ。
「アヤカさんって、ドイツ語がペラペラなのよ」
「ウン、知っている・・」
ぼくはそう答えてから愕然とした。なぜ、ぼくはそのことを知っているのだろう。現実と夢がごちゃごちゃになってきて、ぼくはひどく混乱していた。食事を終えるとまだ昨日の疲れがとれないのか、強烈な眠気が襲ってくる。身体の芯に眠気が残っている感じだ。午後は、ホテルに帰って、ゆっくり静養しよう。
<午後、ホテルで昼寝したいんだけど・・・>
<また、うなされるんじゃない?>
<そうなんだ。それが心配>
<うなされたら、起こしてあげる。わたし、結構音に敏感なのよ>
彼女は、まだ日本にいたころ、一人下宿の部屋で真夜中に変質者に入られたらしい。彼女が物音に気がつくと、男は寝ていた彼女のタオルケットを割り箸でつまんで持ち上げていたと彼女は言う。でも、それって、すごくやばいんじゃないの・・・。無事だったそうだからよかったけど。
「ねえ、後ろの席の人。腕に変な刺青しているの。」
「え?」
「ダメよ。見ちゃ。」
彼女の言葉に後ろを振り返ったぼくを、彼女はたしなめた。
ぼくは、カメリエーレ(ウエイター)を探す振りをして、後ろの方向に目を配る。
ひとつ離れた、テーブルにストライプのシャツを着たジプシー風の男が一人で食事をしていた。
袖を捲り上げた腕に日本語らしい漢字の刺青が見える。
「坊主」。字が左右反転していた。
ぼくは、全身に鳥肌が立つのを感じると同時に、ひどく長い真夏の夜になりそうな予感に襲われた。
FIN