このタイトルは、アイルランドの伝統歌の名曲「The wind that shakes the barley」から来ている。妖精と神話の国、神秘的なケルト文化、幻想的な風景。映画で垣間見るアイルランドの神秘的な印象の影には、英国による侵略と弾圧、そして抵抗の歴史が秘められている。12世紀にイギリスに征服されて以来、アイルランド人は土地を奪われ、作物を搾取され続けてきた。彼らはしばしば反乱を起こしたが、そのたびにイギリス側から厳しい弾圧が行われた。
1800年、アイルランドと英国との間で連合法 Act of Union が成立し、両国は政治的に1つになり合同議会が発足する。アイルランドでは、当時、人気のあった政治家ダニエル・オコネル Daniel O'Connell がカトリック教徒協会 Catholic Association を設立してアイルランド自治の権利を主張した。これが功を奏し、制限つきながらもアイルランドには自由が与えられた。しかし、それ以上の抵抗は、大飢饉 Great Famine(1845-51年)が発生したため、しばらく止まる。
1916年4月、独立と自由を求めて急進派がダブリンで武装蜂起(復活祭蜂起 Easter Rising)を起こす。これは英軍に鎮圧されてしまうが、首謀者の処刑や市民の無差別逮捕などが人々の反感を買い、アイルランド独立を求める声はますます強まった。そして1918年の総選挙でアイルランド共和軍(IRA)の政治組織、われら自身の意味のシン・フェイン (Sinn Fei) 党が圧勝する。同党はアイルランドの独立を宣言。処刑を免れていた復活祭蜂起の英雄イーモン・デ・ヴァレラ Eamon de Valera の指揮のもと、ドイル (Dail Eireann;アイルランド国民議会(下院))が発足する。こうした動きはアイルランド独立戦争へと発展し、戦いは1919年から1921年の半ばまで続いた。1921年に英愛条約 Anglo-Irish Treaty が結ばれ、アイルランドの26州がついに独立。一方、プロテスタント教徒の多いアルスター地方6州(北アイルランド)は、それに加わらない選択肢が与えられて、北アイルランド議会が発足する。
この映画は、1920年当時の若者たちの闘いの日々を追ったものだ。登場するのはマイケル・コリンズのような歴史の中心人物ではなく、無名で消えていったアイルランドの運動家たちだ。村一番の秀才で、ロンドンで医学の道を究めようとした若者が、英語名を名乗らなかったという理由だけで家族の目の前でイギリス軍に惨殺される。その惨殺される17歳の仲間を目の当たりにして、何にも抵抗ができないことに悲痛な思いを覚える。その日から彼は兄と共にIRAに参加して独立運動の活動家になる。本来ならば医師となって人の命を救うはずの人間が、命を奪いあう戦いに身を投じていくのだ。映画はこの兄弟の対立と葛藤を通して、アイルランド独立の悲劇を描いている。
裏切り者はたとえ幼馴染でも赦さず、死を与える。これが戦争の不条理さだ。英国軍を襲撃し、隊列を組む彼らは、いつしか敵対する英国の軍隊のようになっていく。貧しさゆえ勝算のない戦いに勝利するために資本家の味方をする兄と、違法な利子に罰金を課そうとする民主裁判の対立。そして、やっとのことで手に入れたかに見えた自由も、さらなる悲劇を生むきっかけにしかすぎない。アイルランド自由国条約の批准に対して賛成派と反対派に分裂し、兄弟や、昨日までの仲間が敵味方に別れて内紛への悲惨な道のりを歩むこととなる。
共に戦い、精神的に支えあった仲間が撃たれて死んでいくことのどうしようもない心の痛み。かつては自分の身代わりになろうとした、最愛の弟を殺さなければなら ない兄のもがくような心の苦しさ。そして、死を告げられた弟の恋人の悲痛な慟哭で、物語は幕を閉じる。
アイルランドの自由は、こうして得えられた。自由を得るには、奇麗事では済まされず必ず死の代償をともなう。平和ボケした日本で、われ等は前の戦争で亡くなった人たちの命の重さに思いを込めて、自由を守るために声を出し続けなければならない。世界を揺らす風のように。
Bread - If (1971)
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