【撮影地】北海道函館市/青森県青森市(2009.2月撮影)
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「カニ食ってけなさい!」
威勢のよいかけ声が響き渡る。函館駅西口のそばには、約400軒もの店がひしめき合う朝市があり、通りは人と車でごったがえす。朝市はまさに台所。魚、野菜、珍味、昆布なんでも揃う。また、大衆食堂もたくさんあり、朝市見学の観光客がここぞとばかりに食欲を満たしていた。
次の朝、二日酔いの頭を抱え、ぼくは、この通りをぶらついていた。
「おにいさん。どっから?」
問い掛けてくる朝市のおばちゃんに、たわいもなくとっつかまり、ぼくの住む町に知り合いがいるからと心をがっちりとつかまれた上、
家族孝行のため土産を買っていけと説教される。さすがは、百戦錬磨。ぼくが二日酔いでヘロヘロというのに、ウニやら、塩辛やら、イクラを試食させた上に、カニまで焼いて試食させようとする。
大汗かいてしどろもどろの言い訳をし、なんとか朝市から脱出。朝市の売り手はおばちゃんに限らず、年齢多様、まさに老若男女の売り子さんたちが、あの手この手で客引きをしていた。そのとてつもないパワーにただ圧倒されるばかりだった。
朝市でパワーをもらって、元町、函館山を再び散策。今日は、空が晴れ上がり、昨夜のみぞれが凍りついた道路や街路樹が、朝の光を受けて輝いていた。だが、歩くほどに二日酔いがひどくなってくる。函館山にまた登り、そこでがまんの限界を感じたぼくは、駅に戻り、駅ビルのレストランで仮眠休憩。結局、この函館旅行では、朝市で試食させてもらった以外に、カニ、ウニ、ホタテ、イカ、イクラといった名物を口にすることはなかった。
”「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
「あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。」
「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七。」
「それは、何の事なの?」
「あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時が、一ばん大事で、」
「さうして、苦しい時なの?」
「何を言つてやがる。ふざけちやいけない。お前にだつて、少しは、わかつてゐる筈たがね。もう、これ以上は言はん。言ふと、気障(きざ)になる。おい、おれは旅に出るよ。」”
(太宰治「津軽」より)
旅にでるのなら、もっと若い頃に出かけるべきだったのかもしれない。感性がみずみずしく、いろいろなことに感動できるうちに。だが、昔よりも交通手段が発達した現代では、旅する者の体力を必要としなくなった。夜行列車に乗らずとも、その日の昼過ぎには北海道に到着できる。それでも、2月の北国への旅は、スキー旅行でもない限りよっぽどの物好きと思われるかもしれない。
南へ向かう人々は、希望に満ちての旅立ちなのだろうか。一方、北に向かう人の群れは誰も無口らしい。・・・失意の故の旅路なのか。
私もひとり 連絡船に乗り こごえそうな鴎(かもめ)見つめ 泣いていました
ああ 津軽海峡 冬景色
(阿久悠作詞『津軽海峡冬景色』より)
寒さの戻った津軽海峡。
歌に出てくる青森から函館に向かう北への4時間の旅、青函連絡船に一人乗って冬の津軽海峡を渡る旅路は、今はしたくてもできない。
二日酔いでひどい頭痛のする中、日が暮れた盛岡の手前で、新幹線の車窓から見た雪深い山間の村。家々の窓辺の明かりが、まわりの雪景色を照らしていた。暖かい人の暮らしがそこにある。トンネルの合間に、ほんのひと時見えた景色に胸がキュンとなった。住む町へ帰ろう。ー了ー
”命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。”(太宰治「津軽」より)
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